いま聞きたいQ&A

ESGをめぐる現状と課題について教えてください。(後編)

世直しの観点も考慮するならば、ESGにはより厳格な形での定義が求められるところ。ただ、脱炭素への取り組みひとつをとっても各国の思惑は異なります。脱炭素は最終的に全世界規模で実現を図らなければ意味がありません。それぞれの国や企業の実情に合わせた脱炭素の工程表や、脱炭素の実現をサポートする仕組みをつくることが重要になります。

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国・地域によって異なる脱炭素の経済効果

経済効果に加えて「世直し」の観点も考慮するならば、ESG(環境・社会・企業統治)にはより厳格な形での定義や評価が求められて然るべきでしょう。しかし、例えば脱炭素への取り組みひとつをとっても、そこには世界各国の思惑や都合が見え隠れします。

国際再生可能エネルギー機関の試算によると、これから脱炭素へ向かうことで、2050年における世界のGDP(国内総生産)は、脱炭素が実現しない場合に比べて2.4%増えるもようです。エネルギー転換の巨額投資が経済成長率を押し上げるためですが、実はその影響は国・地域によって異なります。

EU(欧州連合)ではGDPが7.4%増える一方で、EU以外の欧州は1.6%増にとどまり、中東・アフリカでは2.5%の減少が見込まれています。再生可能エネルギーへの転換を世界に先んじて進めてきたEU諸国にとって、脱炭素の実現はすなわち、将来的な経済効果に直結するという意味合いが大きいわけです。中東・アフリカ諸国などからみれば、「ESGで得をするのはEUばかり」といった印象が強まっても致し方ないかもしれません。

そもそもEUがロシアへのエネルギー依存を高める結果となったのは、再生可能エネルギーへのシフトが性急すぎたからだと言われます。再生エネルギーの停滞やウクライナ危機によって電力の安定的な確保が危うくなるなか、原子力と天然ガスによる発電を事実上、「E」(環境)の対象に含めるなど、これまでESGをリードしてきたEUの動きには何かとご都合主義的な側面も目立ちます。

EUによるESG分類では、ハイブリッド車はESGの対象外とみなされるため、日本の自動車メーカーもEV(電気自動車)の開発・生産を急がざるを得なくなりました。

ホンダは2031年3月期までの10年間で、EVや車載ソフトウエアの開発に合計5兆円を投じる計画です。トヨタ自動車は今年(22年)5月に販売を開始した本格量産EV「bZ4X」について、個人向けにはサブスクリプション(定額課金)サービス限定での提供とし、EV利用の促進に向けて実験的な取り組みに乗り出しています。

ドラスチックなESG推進には限界も

ここにきて、再生可能エネルギーやEVの将来に物理的な障害が立ちはだかる懸念も出てきました。原材料として欠かせない銅が不足するリスクです。

銅の国際指標であるロンドン金属取引所(LME)の銅3カ月先物は、今年3月に一時1トン1万845ドルの史上最高値を記録し、その後も高値水準で推移しています。背景には、脱炭素が長期的に銅の需給ひっ迫をもたらすのではないかという市場の疑念があります。

銅の消費量は基本的に世界の人口動向に左右されます。国連の予想では今後も人口増加が続く見通しですが、一方で経済的・技術的に採掘可能な銅の埋蔵量は限られています。現在のペースで需要が増え続けると、2050年ごろに銅は枯渇するというのが専門家の見立てです

そこに、脱炭素の推進による需要増が加わります。国際銅協会の試算では、通常の自動車に用いられる銅の量は1台あたり23kgですが、EVでは83kgの銅が必要とされます。各種の推計によると、EVや再生可能エネルギーなどグリーン用途の銅の需要は2030年の時点で21年比3.8倍に膨らみ、銅は世界全体で必要量の2割が不足する見通しです。

仮に30年まで現在の高値水準が続くと、世界のグリーン需要分をまかなう銅費用は単純計算で総額970億ドルとなり、20年と比べて約600億ドルもコストが増加します。米ゴールドマン・サックスは、銅などの原材料価格の高騰が続いた場合、30年時点のEV普及率は21%となり、標準的なシナリオの32%に比べて11ポイント低下すると警告しています。

わずか8年後にもそんな事態に陥る可能性があるとは、かなりの驚きではないでしょうか。銅の供給不足とコスト増は、脱炭素の達成目標時期を大きく狂わす恐れさえあります。欧州勢にはすべてをドラスチックに転換しようとするESGの推進手法が目立ちますが、そうしたやり方は理想的ではあっても、現実にそぐわない面も大きいような気がします。

いずれにしても、脱炭素は最終的に全世界規模で実現を図らなければ意味がありません。そこでは各国あるいは各企業を、いかに「その気にさせるか」が問われてくるでしょう。それぞれの国や企業の実情に合わせた脱炭素の工程表や、脱炭素の実現をサポートする仕組みをつくることが重要になります。

例えば日本を含むアジア地域には、いまだにトランジション(脱炭素への移行)が必要な段階の企業が多いという指摘があります。トランジションには大きな資金が必要となるため、理想論を押し付けたり、ESG投資におけるダイベストメント(排除)のプレッシャーをかけるばかりでは、効果は期待薄です。

日本は省エネをはじめとする各種のエネルギー関連技術にたけているほか、工程表づくりや資金面での支援も可能です。日本がその気にさえなれば、いまこそ率先してアジアの脱炭素モデルを構築し、それを全世界にアピールするチャンスかと思うのですが、果たしてそこまでの気概と覚悟が日本にはあるでしょうか。

ご注意:「いま聞きたいQ&A」は、上記、掲載日時点の内容です。現状に即さない場合がありますが、ご了承ください。