いま聞きたいQ&A

人間は情報に流されやすく、踊らされやすい

数ある情報の真偽を検証し、正しく取捨選択するためには、対象についてある程度の知識が必要といえそうです。一方、知識が豊富で情報の取り扱いに自信がある人でも、情報に感化されて「はた迷惑」な判断を下してしまう場合があります。人間は情報に流されやすく、なおかつ踊らされやすいことを常に意識しておきたいものです。

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Q.一般個人にとって情報の取捨選択が難しいのはなぜですか?

私たち一般個人が情報を活用するにあたっては、大まかにいって(1)情報を取捨選択する(2)選んだ情報をもとに何らかの判断や決定を下す――という2つのプロセスを経ることになります。一見すると単純な作業ですが、実はいずれにおいても陥りやすいワナがあるので、注意が必要です。

例えば選挙で投票する候補者を選んだり、NISAで購入する投資信託を選ぶ際に、私たちはさまざまなメディアを通じて多かれ少なかれ、すべての選択対象に関する個別情報を入手することができます。しかしながら、それらのいわば元データ=一次情報は、数ある選択肢のなかから自分がどれを選ぶかという決め手にはなりにくいのが実情です。

理由はいくつか考えられますが、最も大きいのは、自分の目的にかなう対象を選ぶために何をどう比較すればいいのか、よく分からないことでしょう。ここでいう目的とは、政治ならば社会や自分の暮らし向きを少しでも良くすることであり、投資ならば長期的に資産をできるだけ大きく増やすことです。

政治も投資も結果論なので、そもそも現時点で正確な判断を下すのは難しいと思われます。それにもまして比較する対象や項目が多すぎるため、混乱してしまうというのが多くの人にとっての現実ではないでしょうか。だからこそ、比較のポイントを提供してくれる(ように思える)SNSや動画サイトなどの発信情報に頼ることとなります。なかには比較すら行わず自らの見解のみを主張したり、意図的に誘導を図ろうとする怪しい情報も含まれますが、それらに対する人々の警戒心が薄い点も近年の特徴といえます。

今年(2025年)7月上旬には、気象庁が記者会見のなかで異例の言及を行いました。鹿児島県のトカラ列島で6月下旬以降に活発化している地震活動を巡って、「漫画の予言と今回の地震の間に因果関係はない」と断言したのです。

2021年に日本国内で出版されたある漫画には、「2025年7月5日に日本が大津波に見舞われる」ことを想像させるような、予言めいた内容が描かれました。それが海外でも話題となり、米国CNNや英国BBCなどのメディアが取り上げたほか、香港では日本で大地震が発生するとの情報がSNSによって拡散され、一部で訪日旅行をキャンセルする動きにもつながりました。

いわゆる「都市伝説」に類する情報が、国内外で経済・社会に実影響を及ぼす結果となったわけです。気象庁としても、記者からの質問に答える形とはいえ、公の場で都市伝説の否定を迫られるとは思ってもみなかったことでしょう。

他者に対する情報の影響力を過大評価する「第三者効果」

人々と情報の関係性について理解するうえで、参考になる研究があります。千葉大学大学院園芸学研究院の深野祐也准教授(システム生命科学)らは、1万3000人を対象にオンラインで自然経験の頻度や虫の識別能力などを調べ、「なぜ現代人には虫嫌いが多いのか?」という研究論文にまとめました。

論文では都市化度が高い地域の住民ほど自然経験の頻度が低く、虫の種名を識別できないことや、識別能力が低い人ほど多くの虫を嫌悪するといった傾向が報告されています。すなわち、日本では都市化によって人々から虫についての知識が失われたために、さまざまな虫をまとめて嫌悪する人が増えたことになります。

これを逆説的に当てはめると、政治から投資、地震、都市伝説にいたるまで、人々の知識が足りないことが特定の情報への流されやすさを生んでいると考えることができます。対象についてよく知らないけれど、それでも何らかの判断は下したいから、誰かがまとめた意見やイメージを当てにする。周りに迎合し、自分で考えることをなかば放棄する――。結果として、何かを支持する場合も否定する場合も、その判断基準は雑であいまいなものになりがちです。

だとすると、何事においてもある程度の知識を備えている人ならば、情報をうまく取捨選択して適切な行動に結びつけられるはずです。しかし、そう簡単ではないところに、私たちが情報と付き合ううえでの難しさがあるといえます。

情報が人々に及ぼす心理バイアスのひとつに「第三者効果」があります。これはメディアなどが発信する情報に「自分は影響を受けないが、世間の人たちは大きな影響を受けるだろう」という形で、他者に対する情報の影響力を過大評価する心理的傾向です。

新型コロナウイルス禍の初期に「トイレットペーパーの多くは中国で製造されているため、これから不足する」というデマがSNSで流れた際には、第三者効果が働いてトイレットペーパーの買い占め騒動につながったと言われています。「自分はこんなデマを信じないが、デマにだまされた人たちがトイレットペーパーを買い占めるだろうから、自分も早く買わなければ」という心理が広がったわけです。

他人よりも知識があり、情報を取り扱う能力が高いと自負している人ほど、第三者効果は働きやすいと考えられます。情報そのものの取捨選択ではなく、情報によって促される勝手な連想や判断が、場合によっては「はた迷惑」な行動につながってしまうという厄介な代物です。ある意味で、情報に踊らされる現象といえるかもしれません。

情報に流されないことはもちろん大切です。と同時に、私たちは自分が情報に踊らされるリスクや、情報に踊らされた他人の行動に巻き込まれるリスクを、常に覚悟しておく必要がありそうです。(チームENGINE 代表・小島淳)

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