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トランプ米政権がもたらす影響を、投資家目線で考えてみる

トランプ米政権は自らの意にそぐわない思想や言論、理念などにも制限を加えようとしています。ESG(環境・社会・企業統治)やDEI(多様性・公平性・包摂性)などの倫理的な価値観は当面、後退が予想されますが、それらに対する各企業の本気度が鮮明になり、かえって投資家が企業を評価しやすくなるメリットもありそうです。

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Q.トランプ氏による思想的な制限をどのように捉えればいいですか?

トランプ氏は今年(2025年)5月、米ハーバード大学に対して外国人留学生の受け入れ資格を停止すると通達しました。大学側はこの停止措置が違憲に当たるとして連邦地裁に提訴し、地裁は一時的な差し止めを認めています。ただし、今後の司法闘争で政権の決定が覆らなければ、同大学は新たな留学生を受け入れられなくなり、在校中の留学生も滞在資格を維持するためには他大学へ転出する必要が出てきます。

すでに政府助成金の一部を凍結するなど、トランプ氏はさまざまな形でハーバード大学への攻撃を強めています。その背景として、23年にキャンパス内で起きた反ユダヤ的な活動に大学側が曖昧な態度を取ったことや、同大学において民主党支持層に連なるリベラル志向が強いことなどが挙げられます。今後は同様の攻撃がハーバード大学以外にも広がる可能性があり、思想や言論の自由が損なわれかねないと危惧されています。

トランプ氏はESGに懐疑的なことでも知られており、気候変動対策に関する国際的な枠組みである「パリ協定」から再離脱したほか、化石燃料産業の支援を強化する政策も打ち出しました。DEIについても反対の方針を表明し、連邦政府のDEIプログラムを廃止したうえで産業界に同調を迫っています。これらもハーバード大学の場合と同じく、自らの意にそぐわない思想や理念を否定するものと言えます。

米国企業の間ではトランプ氏に追従する動きが目立ちます。例えば2050年までの温暖化ガス排出量実質ゼロを目標に掲げる国際的な銀行連合「ネットゼロ・バンキング・アライアンス(NZBA)」から、ゴールドマン・サックスやJPモルガン・チェースなどの米銀大手6行がすべて脱退しました。ウォルマートやマクドナルド、アマゾン・ドット・コム、メタなど、DEIの取り組みを大幅に見直すケースも相次いでいます。

米国および米国企業による影響の大きさを踏まえると、世界が共有を目指したESGやDEIなどの倫理的な価値観は当面の間、後退を余儀なくされると考えられます。ただし、「企業を評価する」という投資家目線に立つと、いくつかメリットもありそうです。

5年~10年先の企業価値を予想するにあたって、ESGは本来、欠かすことのできないファクターです。有形資産という物理的な観点から見れば、ハリケーンや森林火災などの被害を受けやすい場所に拠点を持つ企業の評価は、その分だけ割り引かれることになります。無形資産という理念的な観点から見れば、環境に配慮しない企業は地域社会から認めてもらえず、従業員を大切にしない企業は優良な人材を確保できず、ガバナンスがずさんな企業は投資家から敬遠されることになるでしょう。

欧州勢を中心に、ESG重視の姿勢を貫こうとしている企業は確実に存在します。一方で、近年では実態を伴わないにもかかわらずESGのふりを装う企業や機関投資家が世界中で増え、「名ばかりESG」として問題視されています。トランプ氏がもたらしたESGへの逆風は、そうした本物とニセモノをより鮮明に差別化し、むしろ企業評価や投資手法としてのESGを磨く良い機会になると期待できます。

非グローバル化によって世界的な分散投資の意義は大きくなる

DEIも、他者に思いを致す社会的・倫理的な側面だけが重要なわけではありません。米国のベンチャーキャピタルSOSVでスタートアップを支援してきたビル・リャオ氏は、「多様性にはレジリエンス(回復力、弾力性)がある」と指摘しています。多様な視点が備わっていれば、新たな経営課題を事前に発見できる可能性が高まるため、DEIは企業が持続的な成長を遂げるうえで必須というわけです。

今回、DEIの看板を下ろした企業はもちろん、今後はすべての企業に「何のためのDEIか」が改めて問われることになるでしょう。投資家にとってはESGと同じく、「口先だけのアリバイづくり」に走る企業を見抜くチャンスかもしれません。

さらにもうひとつ、投資家が注目すべき大きなポイントがあります。世界の主要国における株式市場のリターンをみると、過去30年間はおおむね市場間の相関が高まっていました。経済のグローバル化を背景に、消費もサプライチェーンもグローバル化が進み、世界的に企業業績の連動性が高まったことが主因です。

こうしたグローバル化のメリットを最大限に享受したのが米国であり、それが結果として米国経済の一人勝ちにつながりました。世界的な株式運用という観点から見ると、市場間の相関が高まったことで分散投資によるリスク低減効果が弱まるとともに、米国一極集中のリスクが高まったと言うことができます。

ところが今後は、米国の内向き志向によって経済の「非グローバル化」が進むと考えられます。世界の貿易量は減少して、いわゆる地産地消の比率が高まり、サプライチェーンもローカル化が進むでしょう。地域ごとの経済的な独立性が高まることで、株式市場間の相関は低下し、分散投資によるリスク低減効果は強まります。すなわち、世界的な分散投資の意義が大きくなるわけです。

これは短期で安定運用を求める機関投資家はもちろん、新NISAを通じて全世界株価指数に連動した長期運用を目指す日本の個人投資家にとっても朗報ではないでしょうか。分散効果が強まることで、従来に比べると運用のリターン水準は低下するかもしれませんが、「投資対象が多様であること」の恩恵を実感できる機会は増えるはずです。(チームENGINE 代表・小島淳)

ご注意:「いま聞きたいQ&A」は、上記、掲載日時点の内容です。現状に即さない場合がありますが、ご了承ください。