米価高騰の背景として生産調整の影響も無視できない
2024年の夏以降、コメの店頭価格が高止まりする状況が続いています。ここにきて政府備蓄米の流通段階における目詰まりが問題視されていますが、そもそものきっかけは、コメの需要に対して供給が足りなくなったことにあります。国の生産調整が及ぼした影響も無視できず、コメの需給安定へ向けて政策の見直しが求められます。

Q.コメの価格高騰を招いた、そもそもの要因は何ですか?
農林水産省の発表によると、今年(2025年)5月5日~11日におけるコメの平均店頭価格(5kg)は前週比で54円高い4268円でした。前週は18週ぶりに値下がりしたものの、再び値上がりに転じており、米価は前年同期(2108円)の2倍強と相変わらず高値での推移が続いています。
政府はコメの品薄感を払拭するため、今年3月から備蓄米の放出に踏み切りました。全国農業協同組合連合会(JA全農)などを対象に、4月までに計3回の備蓄米入札を実施しましたが、例えば4月13日時点でスーパーなどの小売業者へ出回った量は2回目までの放出分の1.4%に過ぎず、流通段階での目詰まりが問題視されています。
最近では米価が下がらない要因として、こうした備蓄米の流通停滞ばかりがクローズアップされています。しかし、振り返ってみると24年秋の段階で農水省は「新米が市場に出回ればコメの価格は落ち着く」との見解を示し、備蓄米の放出にも否定的でした。一般論として価格が高い背景には、需要に対して供給が足りていない状況があることは明白ではないでしょうか。その意味で、この問題は当初から「はぐらかされている」印象がぬぐえなかったのが正直なところです。
茨城大学の西川邦夫教授がコメの需給関係について明快な指摘を展開しているので、それをもとに今回の米価高騰を招いた根本的な要因を整理してみたいと思います。
過去の経験則から、各年6月末の民間在庫が180万~200万トンのレベルで、コメの需給は均衡すると言われています。新型コロナウイルス禍によって需要が減少したため、20年産(21年6月末)と21年産(22年6月末)の民間在庫はいずれも218万トンと、200万トンを超えるレベルで推移しました。
このような需要減少には国が主導する「生産調整」を通じて、供給を削減することで対応することになっています。政府は毎年11月ごろに翌年産の「需要見通し」と、在庫を加味した「生産見通し」を公表し、それらの指標に沿って農家がコメを生産するわけです。
21年産で設定された生産見通しは692万~693万トンでしたが、それが22年産では675万トンまで減少しました。供給が絞り込まれた結果、23年6月末の民間在庫は197万トンとなり、この時点でコメの需給はおおむね均衡の状態に戻ったと考えられます。
コメの生産調整は消費者にとってもリスクになり得る
23年産では生産見通しが669万トンと、もう一段減少しました。これは需要見通し(680万トン)を下回る数字であり、「実際の生産量」は生産見通しを下回る661万トンでした。需要見通しと実際の生産量の差は19万トンで、結果として19万トンの減産が行われたこととなります。
ちなみに23年産の作況指数は101(平年並み=100)となっており、決して不作ではなかったことが分かります。すなわち、理由は定かではありませんが国はコメの減産を選び、農家はそれに従って減産したと見なすことができます。
一方で、コロナ禍の収束による外食需要回復やインバウンド(訪日外国人旅行)の増加によって、「実際の需要量」は705万トンまで増えました。これは需要見通しより25万トン多く、前述した減産分の19万トンと合わせて44万トンの需給ギャップが生じた計算です。西川教授の試算によれば、この44万トンという数字はスーパーにおける販売量の1.8カ月分に相当し、端境期に小売業者の棚からコメが消えるには十分な量とのことです。
23年産については、猛暑で白濁したコメが大量に見つかり、見栄えの悪さが嫌気されて流通網に乗らないものが多く出たとも言われています。また、24年8月8日に日向灘を震源とする地震が発生した際に、気象庁が南海トラフ地震臨時情報を発表したことで人々の間にコメを買い置きする動きが広がり、コメの品薄感に拍車をかけたという分析もあります。実際にそれらがコメの供給減少に及ぼした影響は少なくなかったかもしれません。
いずれにしても24年6月末の民間在庫は153万トンまで減少し、同年夏以降、コメの需要に対する供給不足が明らかとなりました。その後は数量確保へ向けた流通業者間の集荷競争が激化するなどして、コメの品薄と米価高騰が常態化したわけです。
ほかにも長年にわたる米価低迷や高齢化で稲作農家が減り続けていることや、転売業者などによる投機的なコメ取引の影響、備蓄米の速やかな流通を阻害する規制や買い戻し要件の存在など、今回の騒動では日本のコメ政策を取り巻く諸問題が浮き彫りになりました。しかし何といっても見逃せないのは、政府によるコメの生産調整が、生産者や流通業者だけでなく消費者にとってもリスクになり得ることが明らかになったという事実でしょう。
生産調整にはコメの需給を安定させる効果もあり、過去には実際に機能してきたため、すべてを否定するわけではありません。一方で、たまたま悪材料が重なったからとはいえ、うまく機能しない局面を迎えたのならば、農水省はそのことを国民に向けて迅速に分かりやすく説明すべきではないでしょうか。
現行の生産調整では、収穫前にあらかじめ主食用米と飼料用米などに分けたうえで、それぞれの生産量を決める事前調整の手法が取られています。それを収穫後に、市況や品質に応じて用途を振り分ける事後調整へと転換するなど、さらなるコメの需給安定へ向けた施策に率先して取り組むことも、農水省が国民に対して果たす責務だと思われます。(チームENGINE 代表・小島淳)