長期的に企業価値の向上をもたらすESG
日本の一般個人には「ESG」という言葉自体、まだなじみが薄いかもしれません。Eは環境(Environment)、Sは社会(Society)、Gは企業統治(Governance)の意味で、いずれも企業が事業活動を展開するにあたって配慮や責任を求められる重要課題です。資産運用の世界では、このESGが企業の投資価値を測る新しい評価項目として、いま注目を集めています。
具体的には、それぞれ以下のような内容が該当します。
- E(環境)=エネルギー使用量やCO2排出量の削減、化学物質の管理、自然および生物多様性の保護など
- S(社会)=ワーク・ライフ・バランスの支援、人権問題への対応、地域社会での活動・貢献など
- G(企業統治)=コンプライアンスのあり方、社外取締役の独立性、経営の透明性、情報開示、資本効率への意識など
ESGは決算報告書などの財務諸表には示されない、いわゆる非財務データにあたりますが、今日ではそれが企業の社会的信用や市場での評価に直結するため、財務データと同様、企業分析において欠かすことのできない情報といえます。また、一見するとESGは企業にとって利益追求に反するネガティブ要因のように思えますが、そうとも限りません。
例えば、E(環境)についてみると、CO2排出量の削減などは企業のコスト増につながるものの、一方でエコカーが自動車メーカーの競争力を左右するなど、環境対策は企業に新たな事業機会を提供する側面もあることが分かります。すなわち、ESGは企業にとってビジネス上のリスク要因であると同時に、長期的に企業価値の向上をもたらすリターン要因にもなり得るわけです。
こうした観点から現在、運用会社や公的年金といった機関投資家の間で、株式などへの投資に際してESGを重視しようという動きが広がりつつあります。それが「ESG投資」という考え方です。ESG投資が広く普及していけば、企業のESGに対する関心を高めて企業価値の向上を促す効果が得られるほか、機関投資家が自らの社会的責任を果たすことにもつながります。
運用規範のグローバル・スタンダードに
ESG投資が注目を集めるきっかけとなったのは、2006年に国連が責任ある投資家の取るべき行動として「PRI」(責任投資原則)を提唱したことでした。PRIは投資家が投資判断にあたってESGの観点を組み込むことや、投資対象である企業に対してESGに関する情報開示を求めることなど、6つの原則から構成されています。
PRIに賛同・署名する運用機関は年々増えており、昨年(2011年)7月末現在、全世界で920機関を数えています。日本における署名はまだ19機関と少ないものの、PRIに基づくESG投資が運用規範のグローバル・スタンダードとして浸透しつつあるなか、今後はさらに署名機関が増えていくと予想されます。
PRIのひとつの特徴として、署名した運用機関に活動状況の報告義務が生じることが挙げられます。署名機関は国連のPRI事務局が年に一度実施するオンライン・サーベイ(活動状況に関する調査質問表)に回答する必要があり、調査結果は国連の事務局によって採点されます。このサーベイを通じて、運用機関におけるESG投資の進捗・改善状況が相対的に評価される仕組みです。
今後はこうしたサーベイの結果などを参考に、日本でもESG投資による運用機関の差異化が進むかもしれません。例えば日本の公的年金がPRIに署名した場合、年金資金の運用にESGの観点を組み込む必要が出てくるため、運用委託先としてESG投資を実践できる運用機関を選ぶことになります。
運用機関にとっては、ESGの観点から見た投資の判断基準や銘柄の選別を、いかに説得力のあるものにしていくかが問われることになるでしょう。ひところ注目を浴びたSRI(社会的責任投資)が、「エコファンド」など一部の運用商品においてCSR(企業の社会的責任)を考慮したにとどまったのに対して、ESG投資への取り組みは全社的で息の長いものとなりそうです。
次回は引き続き、運用機関によるESG投資の実践方法などにも触れながら、私たち日本の個人投資家にとってESG投資がどのような意味を持つことになるのか、考えてみたいと思います。