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いま聞きたいQ&A

気候変動が経済・社会にもたらすリスクについて教えてください。

今年も世界各地で顕在化した物理的リスク

主要国の金融当局が主導して運営する国際組織、「気候関連財務情報開示タスクフォース(TCFD)」では、地球温暖化による気候変動のリスクとして、大きく2つの種類を定義しています。

ひとつは「物理的リスク」で、台風や竜巻などの自然災害および海面上昇によって企業の建物が損傷したり、事業が継続できなくなるようなリスク。もうひとつは「移行リスク」と呼ばれるもので、脱炭素社会の実現に向けた環境規制の強化や消費者の嗜好変化などを背景に、特定の産業が陳腐化したり、企業の評判が低下するといったリスクです。

TCFDはそれぞれのリスクについて、企業や金融機関に分析・評価と情報開示を促しています。主として企業活動を対象に、こうしたリスク把握の動きが進む背景には、将来的な金融危機の再発を防ぐとともに、投資家の判断材料としても役立ててもらおうという狙いがあるようです。

ただし当然のことながら、温暖化や気候変動の影響は企業活動にとどまらず、経済・社会のもっと広範囲にまで及びます。例えばTCFDの定義に従うならば、物理的リスクは資源価格の高騰や農作物の不作、人命危機といったさまざまな形で、今年(2021年)もすでに世界各地で顕在化しています

6月から7月にかけて、米国の北西部やカナダ西部は「1000年に一度」という猛烈な熱波に襲われました。米国の一部地域では気温がセ氏50度を超え、冷房用の電力需要が急増して、発電に使う天然ガスの価格が高騰。ニューヨーク市場の天然ガス先物価格は7月末の時点で、20年末より5割以上も高い水準となっています。

カナダは食用油の原料となる菜種の世界最大の輸出国で、生産量は近年、年間2000万トン前後で推移しています。ところが今回、西部の主産地がセ氏50度近い高温に見舞われた影響で、今秋から収穫が始まる21年産は1800万トンを割り込むとの観測が出ています。

また、7月にはドイツとベルギーで豪雨による洪水が発生したほか、日本の静岡県熱海市では同じく豪雨から大規模な土石流が発生しました。いずれも多数の犠牲者を出す大惨事となったことは、記憶に新しいところです。

国家の安全や人権が脅かされる懸念も

気候変動リスクについては、国家の安全保障という面からも懸念が強まっています。米国の気候安全保障センターが20年に公表した気候リスク分析では、地球の平均気温が現状から1~2度上昇した場合、50年までに世界中が大混乱に陥る可能性があると予測しています。

具体的には干ばつや水害、海面上昇によって大量の移民や難民が発生するほか、国家間で食糧や資源の奪い合いが過熱して、ぜい弱な国家は破綻を余儀なくされ、テロ組織や過激派が世界中に拡散する、といった内容です

現実にシリアでは、1990年代末から2010年代初めにかけて過去数百年で最悪といわれる干ばつに襲われました。それが結果として治安の崩壊につながり、約40万人の死者を出して現在も続くシリア内戦の一因になったというのが中東専門家の見立てです。

ドイツの環境シンクタンク「ジャーマンウオッチ」では、各年に気候変動の被害が大きかった国別ランキングを発表しています。それによると日本は18年が1位、19年が4位で、夏場の記録的な猛暑や大型台風の襲来などが理由として挙げられています

被害の拡大を受けて自衛隊の災害派遣は急増しており、18年度と19年度にはいずれも、派遣された人員が延べ100万人を超えました。記録が残る1977年以降で、延べ100万人を超えたのは4回しかなく、2年度連続となるのは初の出来事です。災害派遣に人手をとられて重要な演習が中止になった例もあり、安全保障への影響が懸念されています。

前述したTCFDの移行リスクに関連して、人権が脅かされることを危惧する声もあります。例えばガソリン車から電気自動車(EV)への移行は、脱炭素社会の実現へ向けた象徴のような位置付けですが、EVの充電池には希少金属コバルトが不可欠です。その採掘国であるコンゴで児童労働が横行するなど、深刻な人権問題が指摘されています。

トヨタ自動車の豊田章男社長によれば、クルマがすべてEVに置き換わると、日本で100万人の雇用が失われるそうです。かつて石炭から石油に主幹エネルギーが移行した際にも、多くの鉱山労働者が失業して社会問題となりました。

脱炭素によって環境が改善される裏側で、移行から取り残された人々が苦しんだり、社会に亀裂が生じるといったリスクが生じることは、避けられそうにありません。これらは人道的な観点から対処すべき課題であると同時に、政情が不安定な新興国などにとっては安全保障とも関わる重大問題といえそうです。

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