お得感に飛びつく前にやっておきたい確認と自問自答
一見すると好ましく思える数字や便利さが、実は特定の条件付きだった――。そんな経験が誰にもあるのではないでしょうか。もちろん、私たちが資産運用で利用する金融商品も例外ではありません。今回は以前から話題に上ることが多い2つの事例を取り上げて、事前に何を確認しておくべきなのか、改めて考えたいと思います。

Q.定期預金金利が優遇される退職金プランについて教えてください。
個人が金融商品の内容を十分に吟味しないまま、目先のお得感や利便性に飛びつく事例が相変わらず目立ちます。
銀行がサラリーマンの退職金を対象に定期預金金利を優遇するプランについて、過去にも紹介したことがあります(2015年6月17日付けの本稿参照)。それから約10年が経った現在も、同じような形で多くの銀行が退職金プランを打ち出しています。なかには定期預金のみのプランもありますが、特に優遇金利が5%を超えるようなケースでは、他の金融商品との抱き合わせで販売されている可能性が高いので注意が必要です。
典型的な退職金プランの仕組みについてもう一度、おさらいしておきましょう。2000万円程度のまとまった資金のうち、50%以上を投資信託の購入に充てて、残額を定期預金に預けると、当初3カ月間は定期預金金利が年7%などに優遇されます。3カ月の優遇期間を過ぎた後は、通常の定期預金金利が適用されて自動継続となります。
今年(2025年)5月7日現在、メガバンクの定期預金3カ月物の金利は0.25%です。それに比べると7%はずいぶん高いように思えますが、ここで示されている数字はあくまでも年率換算した場合であり、当初3カ月間では7%÷4=1.75%が実際に適用される金利となります。資金2000万円のうち1000万円を定期預金に預けた場合には、当初3カ月間で1000万円×0.0175=17万5000円が得られる計算です。
問題は、残りの1000万円で投資信託を購入する際に販売手数料がかかることです。投資信託はその銀行が取り扱っている商品のなかから選ぶ必要があり、販売手数料は購入金額に対してかかります。
販売手数料が1.75%以上の商品を選んだ場合には、当初3カ月間の優遇金利で得られた17万5000円が、まるまる投資信託の購入コストとして消えてしまいます。販売手数料が相対的に低い1%の商品が用意されていたとして、それを選んだ場合には、1.75%-1%=0.75%が最終的に適用される優遇金利ということになります。
すなわち、このような退職金プランを利用する際には複数の確認作業が求められるわけです。まず、当初3カ月間で「実際に適用される優遇金利」を計算し、次にそれを購入する投資信託の販売手数料と比較して「最終的に適用される優遇金利」を計算します。
最終的に適用される優遇金利が自分にとって満足できる水準なのか、きちんと検証する必要があるでしょう。また、もともと投資信託を購入する予定がなかった人は、定期預金の優遇金利を得るために投資信託というリスク資産を抱えることになります。それが自分にとって本当に納得できる行為なのか、よくよく自問自答する必要もあります。
複利効果を弱めても毎月分配を受け取る意義とは?
投資信託協会によると、分配金を毎月払い出す「毎月分配型」の投資信託は2024年に5734億円の資金が純流入し、3年連続で流入超となりました。このタイプの投資信託は「中長期の資産形成にそぐわない」との理由で、同年1月に始まった新NISAの投資対象からは除外されています。それでも高齢者を中心に、分配金を毎月受け取りたいというニーズは根強くあるようです。
毎月分配型のデメリットとして、長期運用の複利効果が効きにくくなることや、運用成績が良くない時でも分配金を出すために運用会社が元本を取り崩す可能性などが指摘されています。一方で、運用しながら分配によって利益を少しずつ確定し、それをお小遣いのような感覚で使える利便性をメリットと考える人が、高齢者だけでなく若年層の間でも目立ちます。
極端な例ですが、100万円を毎月分配型と一般型の投資信託でそれぞれ運用し、いずれも基準価額が3カ月連続して20%ずつ上昇したとしましょう。毎月分配型では運用収益の5割を必ず分配金として払い出すと仮定します。3カ月間の運用過程と3カ月後の資産総額を両者で比較すると、以下のようになります(税金等は考慮しない)。
<毎月分配型>
・1カ月後:元本100万円×1.2=120万円(ここから10万円を分配)
・2カ月後:元本110万円×1.2=132万円(ここから11万円を分配)
・3カ月後:元本121万円×1.2=145万2000円(ここから12万1000円を分配)
=元本133万1000円
・資産総額:166万2000円(133万1000円+10万円+11万円+12万1000円)
<一般型>
・1カ月後:元本100万円×1.2=120万円
・2カ月後:元本120万円×1.2=144万円
・3カ月後:元本144万円×1.2=172万8000円
・資産総額:172万8000円(100万円×1.2×1.2×1.2)
毎月分配型では分配金を払い出した分だけ元本が減り、その元本を基準にして翌月の運用収益を計算するため、一般型に比べて元本部分の増え方が小さくなります。つまりは運用の複利効果が弱まるわけで、元本の増加分と払い出された分配金をすべて合計しても、資産総額の増え方は一般型より劣ることになるのです。
高齢者にとっては、運用資産をどのように取り崩していくかも重要な課題です。分配によって運用効率は下がりますが、資産の一部を自動的に取り崩しながら年金を補填できると考えれば、毎月分配型の投資信託を選ぶことにも一定の意義があるかもしれません。
しかし若年層の場合は、そもそも自分が資産運用を行う目的は何なのか、改めて考える必要がありそうです。将来に備えて長期的に資産をできるだけ増やすことが目的ならば、自ら複利効果を弱める行為は避けるべきでしょう。早めの利益確定やお小遣いにこだわる姿勢は、実は若年層における目的意識のあいまいさを象徴しているような気がしてなりません。(チームENGINE 代表・小島淳)