金利優遇分が投信購入のコストで消えてしまう
政治や科学、芸術などと同じく、経済や金融についても私たち一般個人がその世界を広く深く理解することは簡単ではありません。しかしながら、私たちが金融商品を選び、資産運用に活用するということに限るならば、それほど難しいわけでもありません。
金融商品といえども、広い意味での買い物であることは他の商品と同様です。日常生活の中で買い物をするとき、誰でも値段と品質を気にするのではないでしょうか。つまりは商品に関する「数字」と「中身」を自分なりに吟味することが大切なわけで、金融商品を購入する際にもまったく同じことがいえます。
一例として、サラリーマンが定年後に退職金を運用する場合を考えてみましょう。
このところ、銀行が定年退職者限定の「金利優遇プラン」を販売するケースが目立っています。基本的な商品設計はどこも同じで、500万~1,000万円程度のまとまった資金のうち、半額以上を投信(投資信託)の購入に充てて残額を定期預金に預けると、当初3カ月間は定期預金の金利が年率6.0%などに優遇されるというもの。退職後1~2年の人が主な対象で、原則として3カ月の優遇期間を過ぎた後は、通常の定期預金金利が適用されて自動継続となります。
もしもあなたが退職金を手にしたとして、銀行からこのプランを勧められたら何を思うでしょうか。まず、6.0%という数字に驚くかもしれません。今年(2015年)6月9日現在、メガバンクが取り扱う「スーパー定期1年物」の金利が0.025%、「新発10年物国債」の利回り(長期金利)が0.45%ですから、6.0%という金利がいかに大きいかが分かります。
逆にいうと、このように他の代表的な金融商品の金利や利回りを常に意識して頭に入れておけば、それと比較することで、存外に大きな金利や利回りを目にしても冷静に対処することが可能になります。銀行の金利優遇プランが提示している6.0%というのは、あくまでも年率換算した場合の金利であり、預け入れ期間が3カ月間なら概算で4分の1の1.5%となります。そこから税金を引かれるため、あなたが実際に得ることのできる金利は約1.2%です。
スーパー定期や国債と比べると、この1.2%という金利もまだ十分に大きな数字です。悪い言い方をするならば、「何か裏があるのではないか」と勘繰るぐらいの用心深さが必要でしょう。ここでのポイントは、半額以上を購入に充てる投信の手数料がどのぐらいかということです。
ある銀行の金利優遇プランで紹介されている取り扱い投信の一覧を見ると、そのすべてで販売手数料と信託報酬の合計が1.2%を超えています。つまり、このプランを1年間にわたって自動継続すると、当初3カ月間の金利優遇分は投信の購入コストで消えてしまうことになるわけです。
投信での運用にかかるコストのうち、少なくとも当初1年分についてはその一部を優遇金利で賄えるのだから、やっぱりお得だと感じる人もいるかもしれません。ただし、そうしたお得感は十分に納得できるだけの中身が伴って初めて湧いてくるもののはずです。
銀行の金利優遇プランでは、購入対象となる投資信託はその銀行で販売されているものだけに限定されます。これといって購入したい投信が見当たらなかった場合、あなたは結果として手数料を節約するために、わざわざ必要のない投信を買うことになります。そのような行為が資産運用として本末転倒であることはいうまでもないでしょう。
投資に必要な選択を他人事にしないこと
幸か不幸か、私たちの周りには金融商品の購入に関して反面教師になりそうな事例が少なくありません。日本の公募投信の純資産残高は今年4月末に過去最高の99兆円に達しましたが、残高上位のいわゆる「売れ筋投信」には顕著な特徴が見られます。
例えば、今年3月末の時点で残高上位の投信5本について信託報酬の平均値を日米で比較すると、日本が1.52%、米国が0.28%となっています。日本の上位5本がすべてアクティブ型なのに対して、米国は上位5本中4本がインデックス型であり、その分、信託報酬に大きな差がついているのです。
日本の売れ筋投信には海外のREIT(不動産投資信託)や低格付け債券で運用するタイプなど、本来は資産の一部に味付けとして加えるべきものが目立ちます。残高の大きさからみて、このようなタイプの投信を資産のコア(中心)に据えている人が多いとしたら、資産構成のバランスが悪いといわざるを得ません。
コストや投資対象の特性に無頓着な日本の個人投資家について、専門家の間では、金融リテラシーを向上させるべきとの声も聞かれます。しかし、問題の本質は意外にもっと身近なところにあるのかもしれません。
恐らくは金融に対する理解度を深める以前に、金融は難しくて面倒だと決めつけて、投資に必要な選択を自分でしようとしない人が多いのだと思います。一方で、お金を殖やしたいという欲だけで、てっとり早く金融機関の「お勧め」や人気の高い「売れ筋」に頼ることになる――。まるで他人事のような態度を改め、日常の買い物と同じく金融商品の購入に自分で責任を持つことが、失敗しないための「初めの第一歩」になるのではないでしょうか。