いま聞きたいQ&A

食料危機の引き金をひくのは人為的な要因か?

世界の食料事情をみると、食料の絶対量が不足するという事態にまでは至っていませんが、食料価格が上昇してすべての人々が十分な量を確保できなくなる可能性は高まっていると考えられます。食料価格の上昇を招く供給制約として、地政学リスクや保護主義といった人為的な要因が強く働いていることが今日の特徴といえます。

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Q.穀物の価格が乱高下しているのはなぜですか?

本稿ではちょうど10年前に、「将来的に食料危機は起きるのか?」というテーマを取り上げたことがあります(2012年10月11日掲載)。そこで食料価格の上昇要因として指摘した供給制約の問題が、ここにきて目立つ形で表面化してきたことに驚きを禁じえません。

このところ世界では異常気象が相次ぎ、干ばつや熱波による農作物の恒常的な不作が食料危機を招くのではないかという懸念が高まっています。しかし、例えば世界の穀物需給をみると、そこまで事態が逼迫しているわけではないことが分かります。

ある専門家によれば、全世界における小麦の在庫率は足元で34%と、天候不順で世界的な不作に見舞われた12~13年の26%に比べてまだ高い水準にあります。トウモロコシや大豆についても同様の傾向がみられることから、食料の絶対量が不足するというレベルの深刻さには至っていないと考えられます。その点では10年前と状況は変わっていません。

問題は、在庫率が「ロシアとウクライナの在庫」も含んだ数値であることです。ウクライナ危機が切迫した今年(22年)3月には、ロシアおよびウクライナという2大穀物輸出国からの供給が途絶えるリスクが市場で強く意識されました。なかば投機マネーが主導する形で、米シカゴ商品取引所の小麦先物価格は1ブッシェル13.4ドルと、史上最高値まで跳ね上がることとなりました。

その後、トルコや国連の仲介によってウクライナ産穀物の輸出が再開されると、7月以降に投機マネーは手じまい売りに転じます。小麦、トウモロコシ、大豆のいずれにおいても、先物価格はロシアによるウクライナ侵攻前の水準まで戻りました。

ところが、9月にロシアのプーチン大統領が「部分的な動員令」を発令して予備役の招集に踏み切ると、穀物価格は再び上昇基調を強めます。例えば最近のトウモロコシ先物価格は1ブッシェル6ドル台後半と、1年前に比べて3割高い水準で推移しています。過去半年以上にわたって、穀物価格は地政学リスクという供給制約に翻弄され続けていることになります。

穀物の輸出量で世界シェアの2割を占める米国にも思わぬ異変が起こっています。農産物の輸送に使うバージ(はしけ船)の運賃が史上最高値まで高騰しているのです

主産地である米国中西部で収穫された穀物の多くは、バージに積まれてミシシッピ川を通り、メキシコ湾から輸出されます。記録的な干ばつの影響で、このところミシシッピ川の水位が著しく低下しており、船の喫水制限(水面下に沈んでいる深さの制限)によって1隻に積み込める穀物の量が減少しました。意図せずして輸送に必要な船の数が増えたため、運賃が上昇したというわけです。

ロシアによるウクライナ侵攻で黒海地域からの供給が少ない今年は、米国産の穀物を頼りにしている消費国が多いのが実情です。ミシシッピ川の低水位は11月初旬まで続くという予想もあり、米国内の運賃上昇という供給制約の影響がどこまで広がるのか、予断を許さない状況です。

エネルギーと肥料、穀物の価格が連動性を強めている

加えて懸念されるのが、肥料価格の高騰という問題です。

世界銀行が算出する肥料価格の指数は、2010年を100とした場合、今年9月の時点で222.51まで上昇しています。これは前年同月比でみても7割高い水準です。背景のひとつとして、化学肥料の製造には大量の電力やガスを必要とするため、昨年から続く原油・天然ガス価格の高止まりによって製造コストが上昇していることが挙げられます。

また、例えば化学肥料の原料となる塩化カリウムは、ロシアとその軍事侵攻に協力するベラルーシが世界の生産量の約4割を占めています。ロシアの軍事侵攻後は両国からの供給が滞る懸念が高まったうえ、世界的に両国からの輸入を取りやめる動きも進んでおり、それらが塩化カリウムの価格高騰につながっています。

同じく化学肥料の原料になるリン酸アンモニウムと尿素は、中国が主産国です。中国はこれらの輸出大国であると同時に消費大国でもあることから、国内供給を優先して昨年来、輸出規制を続けています。いわば中国による原料の「囲い込み」が、肥料価格高騰の一因となっているわけです。

米国ではすでに一部の農家が肥料の使用抑制や、より肥料を使わない作物への転換を強いられています。高い肥料は使わずに、ある程度の不作を見据えている農家も多いもようで、それが現実ならば来シーズンに向けて早くも生産減の懸念が浮上することになります。

専門家の間では、エネルギーと肥料、穀物の価格は連動性を強めており、穀物の高値は長期化する恐れがあるとの指摘も聞かれます。振り返ってみると、エネルギー価格の上昇にも、ロシアのウクライナ侵攻による供給制約が少なからず影響を及ぼしています。

気候変動という自然現象に、地政学リスクや保護主義などのいわば人為的な要因が重なって、食料価格の動向を予測することはいっそう難しくなってきた気がします。10年前に危惧した「すべての人々が十分な量を確保できなくなるレベルまで食料価格が上昇する危機」は、また一歩近づいてきたのかもしれません。

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