いま聞きたいQ&A

かけがえのない体験は、子どもが自分自身で感じるもの

家庭の経済環境などを背景に、スポーツからレジャー、校外学習まで子どもの体験格差が広がっています。子どもが貴重な機会を逃すのではないかと問題視する声もありますが、他人と同じ体験にこだわるよりも、多種多様な体験を得ることの方が重要でしょう。子どもにも大人にも、創意工夫と発想の転換が求められます。

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Q.子どもの間に広がる体験格差について教えてください。

三菱UFJリサーチ&コンサルティングによると、2024年にスポーツを生観戦した人のチケット代(競技を問わず)は1回当たり平均4527円で、10年前から44%上昇しています。今年(25年)3月に東京ドームで開催された米メジャーリーグのドジャース対カブスの開幕戦では、最も安い外野席が5500円、ネット裏席は15万円でした。

以前は子どもの小遣いでも足りたスポーツ観戦ですが、チームや競技団体におけるビジネスマインドの高まりにインフレも相まって、いまや「大人のぜいたく」となった感があります。笹川スポーツ財団によれば、2023年にスポーツを生観戦した12歳~19歳の割合は30.5%と、2011年から10ポイント以上減少しました。

近年ではスポーツを習うための月謝や用具代も値上がりしており、スポーツは観るだけでなく「する」のにも多くのお金がかかります。総務省の小売物価統計調査によると、東京都区部では24年に水泳教室の月謝が9079円と、10年前から2000円近く上昇しました。

公益社団法人チャンス・フォー・チルドレン(東京都墨田区)が小学生の保護者約2100人を対象に実施した22年の調査では、週に一度も習い事やクラブ活動などのスポーツ体験がない子どもが、世帯年収300万円未満の家庭で63.5%に達していました。同600万円以上の家庭よりも20ポイント以上高く、家庭の経済環境を背景に子どもの「スポーツ格差」が広がっていることが分かります。

レジャーの代表格のひとつ、テーマパークも高額化が顕著です。東京ディズニーリゾート(TDR)やユニバーサル・スタジオ・ジャパン(USJ)では、繁忙期と閑散期の価格差をつけるダイナミックプライシングを導入しています。大人の1日券の最高価格は、前者が23年10月から1万900円に、後者は今年5月から1万1900円となりました。いずれも開園時に比べると2倍以上の金額です。

例えば今年5月5日に大人2人と中学生、小学生の家族4人で東京ディズニーランドへ行き、2000円と2500円のディズニー・プレミアアクセスを利用した場合には、入場料と合わせて5万4400円がかかった計算になります。今年5月31日に同じく家族4人でUSJへ行き、待ち時間を短縮する最上位の有料パスを使った場合の総費用は29万9100円です。

調査会社のインテージが行った今年のゴールデンウイークに関する調査では、テーマパークに行くことを希望している人(理想)の割合と、実際に行くことを予定している人(現実)割合に約3倍のギャップが生じていました。経済環境を含めた家庭の諸事情が、子どもの「レジャー格差」にもつながっていると言えそうです。

今年4月に開幕した大阪・関西万博についても、子どもの体験格差を指摘する声が上がっています。関西6府県などは希望する小中学校や高校にチケットを無料配布しており、大阪府だけで期間中、約58万人の児童・生徒が校外学習として万博会場を訪れる予定です。一方で無料招待に参加しない学校もあるほか、遠方の学校からはそもそも来場が難しく、費用や地理的な要因も含めて体験格差が生じているというわけです。

多種多様な体験の機会を子どもに提供することが重要

スポーツからレジャー、校外学習まで体験格差が話題に上る背景には、いくつかの理由が考えられます。例えば、それらが子どもにとって「かけがえのない体験」になると大人が信じていること。あるいは単純に機会均等の観点から、子どもの間の不平等を危惧するケースも多いかもしれません。しかし、本当にそうなのでしょうか。

最近は何かにつけて大人が子どもの日常生活を手取り足取り、お膳立てしたがる傾向が目立ちます。それは結果として子どもの依存心を増長させるとともに、子どもから創意工夫の精神を奪っているような気がします。

何かを体験させてもらったり、あてがってもらうばかりでなく、いま置かれた環境のなかで自分に何ができるのかを考え、可能なことから一つひとつ実行していく。いますぐ体験できなくても、ずっと興味を持ち続けて、体験できる日が来るまで待つ――。そうした柔軟な発想を子どもが持てるようにサポートすることこそが、親や学校の役割ではないでしょうか。

創意工夫や発想の転換が必要なのは大人も同様です。子どもにとって「かけがえのない体験」とは、大人が勝手に決めつけるものではありません。子どもが後で振り返って、自分自身で感じるものです。大人に求められるのはむしろ、できるだけ多種多様な体験の機会を子どもに提供することでしょう。

ちなみに今日では、子どもの「中学校格差」も拡大しています。文部科学省の「子供の学習費調査」(2023年度)によると、私立中学の授業料や学用品の購入費などを含めた学習費総額は、3年間で合計467万円でした。2014年度比で16%増加し、公立中学の約2.8倍に上ります。経済的負担が大きいことから、私立中学に通う生徒の世帯収入は年収1000万円以上が60%を占めています。

安田教育研究所の安田理代表は、首都圏などで加熱する中学受験を念頭に、日本の学校教育が「次の段階への準備教育」という色彩を強めていることに懸念を表しています。先のことを心配して備えさせたい気持ちは分からないでもありませんが、それはいわば大人の世界の論理であり、すべての子どもにとって有益とは限りません。

大人の定型的な思考が、かえって子どもの世界観を狭め、体験を制限している可能性があることにも私たちは気付くべきだと思います。(チームENGINE 代表・小島淳)

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