• いま聞きたいQ&A
  • 現在進んでいる円安について、どのように考えればいいですか?(前編)
いま聞きたいQ&A

現在進んでいる円安について、どのように考えればいいですか?(前編)

リスク回避の手段とされる「有事の円買い」。実際は「有事のドル買い」の代替手段として意識されたものです。つまり米国が直接関与しない有事の際には、ドル買いが進みます。金融緩和に固執する日銀の姿勢や、資源価格の高騰が日本に経常赤字をもたらすという懸念も円売りをの要因と考えられます。

メインビジュアル

「有事の円買い」は意外と歴史が浅かった

円・ドル為替レートは今年(2022年)4月13日に一時1ドル126円台を付けて、02年5月以来、約20年ぶりの円安水準となりました。1ドル114円~115円台で推移していた3月初旬から、1カ月余りで10%近くも円安が進んだことになります。

国際決済銀行(BIS)によると、円の国際通貨としての相対的な実力を示す「実質実効為替レート」は今年に入って、1972年以来50年ぶりの低水準で推移しています。実質実効為替レートは、貿易量や物価水準などを踏まえて、ある通貨の価値が他の複数の通貨に対してどれだけ上下しているかを表すものです。

足元では米ドルに対する円安の急激な進行が目立ちますが、実はそれと同時に、米ドル以外の通貨に対しても円の価値は歴史的な下落局面にあるわけです。そのせいでしょうか。このところ、円安にまつわるさまざまな話題や臆測が市場をにぎわしています。

例えば、「有事の円買い」神話が崩壊したという指摘。

円はこれまで、有事にはリスク回避を目的に投資家から買われやすい「安全通貨」と見なされてきました。実際に08年のリーマン・ショックや11年の東日本大震災、20年の新型コロナウイルスショックに際して、為替市場では有事の円買いが発生して一時的に円高が進んでいます。

ところが今年2月24日に始まったウクライナ危機では、円は買われるどころか逆に売られて、円安が加速する結果となりました。その主たる要因として、日銀があくまでも金融緩和に固執する姿勢や、資源価格の高騰が日本に経常赤字をもたらす懸念などが取り沙汰されています。

「有事の円買い」については、意外と歴史が浅いことに目を向ける必要があります。例えば06年に北朝鮮が核実験を強行した際には、いわば「有事の円売り」が発生して円安が進みました。改めて振り返ると、20世紀の市場に定着していたのは「有事のドル買い」という神話でした。国際決済通貨として世界中で信用の高い米ドルが、有事に資金の逃避先として重宝されるのは、本来的には自然な流れといえます。

21世紀の最初の10年間に同時多発テロやリーマン・ショックなど、米国の中枢を舞台とした深刻な事件が相次いだことで、米国の安全神話は大きく揺らぐこととなりました。市場で米国への疑念が徐々に広がるなか、結果としてリーマン・ショックあたりから、世界有数の債権国である日本の円が新たな資金の逃避先としてクローズアップされるようになったのです

すなわち「有事の円買い」は、もともとは「有事のドル買い」の代替として意識されたに過ぎません。米国が有事の直接的な震源地ではなく、なおかつその有事が世界に及ぼす悪影響の大きさが読み切れないような場合、投資家はやはり国際決済通貨である米ドルへの資金逃避を第一に選択するのだと思われます。

日本経済には「利上げ耐性」が備わっていない

ウクライナ危機という有事の長期化が予想されるなか、FRB(米連邦準備理事会)は今年3月に利上げを開始したのに続いて、5月からは量的引き締め(QT)にも乗り出す見込みです。一方で日銀はこのところ、指定した利回りで無制限に長期国債を買い取る「指し値オペ(公開市場操作)」を断続的に繰り返しています。

日銀の指し値オペには、人為的な操作によって長期金利を低位に抑え込み、金融緩和の姿勢を強調するという狙いがあります。結果として日米の金利差は拡大に向かい、より利回りが見込めるドルが買われて、円安が進みやすくなるという構図が広がっています。

なぜ日銀は、そこまで金融緩和にこだわるのでしょうか。

資源価格などのコスト増に起因して、日本国内でも物価は上昇傾向にあります。しかしながら、国民所得の上昇が伴っていないうえに国家財政も公的債務が膨らみ続け、金利が上昇すると甚大な影響が避けられないのが実情です。要するに、現状の日本経済には財政を含めて「利上げ耐性」が備わっていないわけで、日銀としては多少の円安は容認しながらも、粘り強く金融緩和を続けるしかないという事情があるようです

国際収支をみると日本は昨年(21年)、2年ぶりに貿易赤字となりました。今年1月には経常収支が過去2番目の大幅な赤字を記録し、22年は通年でも1980年以来42年ぶりに経常赤字へ転落する可能性が指摘されています。前述のように円の実質実効為替レートは歴史的な低水準にあり、輸出には有利に働くはずですが、国際収支からは日本が円安のメリットを享受できていないことがうかがえます。

こうした話題が相次ぐと、市場ではどうしても「悪い円安論」が広がりがちです。しかしながら、円安のメリットやデメリットは立場によって異なり、どのような視点で見るかによって評価が変わることもまた事実です

次回は引き続き、円安にまつわる最新の経済動向を追いながら、その意味合いについて、できる限り冷静な視点で探ってみたいと思います。

ご注意:「いま聞きたいQ&A」は、上記、掲載日時点の内容です。現状に即さない場合がありますが、ご了承ください。