東証の市場再編は実のあるものになるのでしょうか?
東証1部に代わる「プライム」の上場基準は、事前に予想されていたよりも緩く、専門家からは「国際的なインパクトが得られない」との指摘も出ています。またプライムの基準を満たしていない企業の約半数が政治的な配慮を踏まえて特例で上場を認められるなど曖昧な部分があり、不安が残ります。
市場予想より緩くなったプライムの上場基準
東京証券取引所は今年(2022年)4月4日から、現行の「東証1部」「東証2部」「ジャスダック」「マザーズ」という4市場を取りやめて、「プライム」「スタンダード」「グロース」という新しい3つの株式市場に移行します。
1月11日には、市場再編後における全上場企業の所属先が公表されました。東証1部に代わって実質的に最上位市場となるプライムには、東証1部企業の84%にあたる1841社がいわば横滑りで上場することになります。これについて市場関係者の間では、日本の上場企業に意識変革をもたらすと評価する声がある一方で、「看板倒れ」や「失望した」といった指摘も目立ちます。
特に問題視されている点は2つあります。ひとつは、「流通株式の時価総額で100億円以上、流通株式の比率で35%以上」などと設定されたプライムへの上場基準です。
流通株式とは「投資家が売買しやすい状態にある株式」のことで、発行済み株式からグループ企業および創業者などの保有株や、いわゆる持ち合い株を除いたもの。流通株式の時価総額で100億円だと、発行済み株式全体の時価総額では250億円程度になる企業が多いようです。
プライムでは上場廃止基準にも、上場基準と同様の条件が設けられています。東証1部では、上場基準の時価総額250億円(直接上場とジャスダックからの変更時)に対して上場廃止基準は10億円と低いため、上場をゴールとして満足するなど、企業の甘えにつながりやすいと言われてきました。それに比べれば、確かに今回の改正が企業の意識変革を促す効果は期待できそうです。
ところが、国際的な観点からみると話は違ってきます。運用規模の大きい海外投資家にとっては、時価総額で5000億円程度が投資対象の最低ラインであり、500億円を下回ると調査対象から外すことも多いと言われます。グローバル投資家が運用指標として利用する世界株指数「MSCI ACWI(オール・カントリー・ワールド・インデックス)」では、時価総額4000~5000億円程度が採用基準とみられています。21年にはこの基準に抵触した日本企業が40以上、構成銘柄から外されました。
現行の東証1部は時価総額が37兆円超(今年2月9日現在)のトヨタ自動車から、数十億円程度と小粒な低収益企業まで、いわゆる玉石混交の状態にあります。そもそも東証再編の背景には、上場企業の過半が集中するまでに肥大化した東証1部の姿を改め、魅力的な企業がそろう市場をつくって世界の投資マネーを引き付けるという狙いが大きかったはずです。
事実、東証ではプライム市場を「高い流動性とガバナンスを備え、海外投資家との建設的対話に基づき成長を目指す企業」が上場する場所と位置づけています。これは言い換えれば、世界経済をリードする日本企業群で構成される市場ということでしょう。
そうした本来の狙いに反して、プライムの上場基準は市場が事前に予想していた基準レベルよりも緩くなりました。専門家からは基準を段階的に引き上げて、最終的に1000億円ぐらいにしなければ国際的なインパクトは得られないという意見が少なからず出てきています。
投資家不在の改革と言われても致し方ない?
もうひとつの問題点は、上場基準を満たさない企業への例外規定に関するもの。
東証1部企業がプライムの上場基準を満たしていない場合でも、いつまでにどのようにして基準をクリアするかという具体策を提示すれば、「経過措置」の適用を受けてプライムに上場できることになっています。実際に今回、上場基準を満たさない東証1部企業617社のうち、296社がそのままプライムに上場することとなりました。
296社は基準達成に向けた計画書を公表しましたが、この経過措置には期限が設けられていないため、達成までの期間を最長で10年とした企業もあります。計画書を提出した企業には、経過措置の適用を受けている期間中、進捗状況を定期的に開示する義務が生じます。東証では今後、各社の計画書の内容を精査したうえで、有識者の議論などを踏まえて期限を決めていく方針です。
例外規定をつくること自体に、異論を唱えるつもりはありません。しかし、そこに至った経緯を見るにつけ、本当に市場再編が実のあるものになるのだろうかといささかの不安を覚えます。
東証では当初、経過措置の設定は頭になかったといいます。最終的に経過措置の導入を決めたのは金融庁の金融審議会。最上位市場の地位を失うことを恐れた地元企業の陳情を受けて、政治家から基準の緩和要請が相次ぐなどの動きがあったため、政治的な配慮も踏まえて経過措置を入れるところに落ち着いた、というのが実情のようです。
当の東証幹部からも、「今回の再編は上場企業数を絞り込むことに主眼を置いていない」など、言い訳めいた声が聞かれます。利害関係者の思惑が交錯するなかで、曖昧な部分を多く残した市場再編は、投資家不在の改革と言われても致し方ないかもしれません。
投資家の目線に立つと、現行のTOPIX(東証株価指数)がどのように変わっていくかという点も気になるところです。次回はTOPIXの今後について検証します。