東京証券取引所が市場再編を急いでいる背景について教えてください
内部昇格によって時価総額の小さい銘柄が急増した
東京証券取引所(東証)は今年(2019年)3月27日に、市場再編へ向けた改善案を「論点整理」として公表しました。東証1部と2部、ジャスダック、マザーズから構成される現状の4市場体制については、各市場のコンセプトや役割が曖昧なため、上場企業の成長段階や想定される投資家層に応じて市場区分を3つに再設計する方針です。
具体的には市場区分ごとに、①グローバルな投資家の投資対象となる企業②投資対象としてふさわしい実績のある企業③高い成長性を持つ新興・成長企業――といった3種類の企業像を例示しています。
ここにきて東証が市場再編を急ぎ始めた背景には、東証1部に上場する企業数の肥大化という問題があります。東証が第2次世界大戦後に取引を再開した1949年からの70年間で、東証1部の企業数は4倍超に増え、今年3月末時点で2,140社にのぼっています。英国ロンドン市場の500社強や欧州ユーロネクストの300社程度に比べると、各国・地域における最上位市場の規模としては東証1部の膨張ぶりが目立ちます。
その大きな要因といわれているのが「内部昇格」の弊害です。東証1部の企業数は世界的な株高傾向が続いた11~18年に約460社増と急拡大しましたが、実はそのうち7割超が東証2部あるいはマザーズを経由した内部昇格組で占められています。
東証1部に上場するための条件として、直接上場とジャスダック経由の場合、上場時の見込み額で250億円の時価総額が必要となります。一方で、東証2部とマザーズ経由の場合は時価総額40億円と大幅にハードルが下がるため、このルートを選択すれば比較的容易に東証1部上場を果たすことが可能です。それを意識してか、18年には新規株式公開(IPO)した90社のうち半数以上がマザーズ上場を選んでいます。
マザーズからの1部昇格基準が緩めに設定されているのは、東証が上場予備軍である新興企業の誘致を巡って旧大阪証券取引所と競争を繰り広げていた時代の名残です。13年に東証と大証が市場統合した後も、同じ新興市場という位置付けのマザーズとジャスダックを併存させたうえ、もともと大証傘下だったジャスダックからの昇格基準は厳しいままに据え置いてきました。
結果として今日の東証1部には小粒な銘柄が多くなっており、時価総額の中央値はニューヨーク市場の約4分の1、ロンドン市場の半分以下などと、海外の最上位市場に大きく見劣りする水準です。東証1部を優良企業と小粒な低収益企業が混在する「玉石混交の市場」と評価する向きも多く、世界の投資マネーを日本株から遠ざける一因になっているとの指摘もあります。
上場維持基準の緩さは企業経営の緩みにつながる?
このたびの市場再編に関する議論では、東証1部の上場維持に必要な時価総額を現行の20億円から一気に250億円まで引き上げる案なども検討されている模様です。これが実現した場合、全体の3割超にあたる700社程度が東証1部から外れることとなり、該当企業は資金調達や採用活動などの面で従来よりも不利になることが予想されます。また、降格となる銘柄はTOPIX(東証株価指数)への連動をめざす投資家の「売り対象」となるため、東証1部の中小型株を保有する投資家にとっては保有株が想定外の値下がりにさらされる恐れも出てきます。
上場維持基準の厳格化は各方面に大きな影響を及ぼすことになりそうですが、東証は新たな基準の適用に3年以上の猶予期間を設けるなど、企業や投資家への影響を考慮しながらも具体的な再編に取り組む考えです。上場維持基準が緩すぎると、例えば企業が現状に満足して新たな成長への努力を怠るといった弊害につながります。実際に東証1部ではROE(自己資本利益率)の指標からみて、投資家が求める収益性の最低ハードルを満たしていない企業が全体の3分の1を占めるといわれています。
東証1部の銘柄は日銀の年間6兆円にのぼるETF(上場投資信託)買いの対象となっているほか、日本の公的年金を運用するGPIF(年金積立金管理運用独立行政法人)では、相対的にコストが安いTOPIX連動型の運用に約27兆円という巨額資金を振り向けています。東証1部に上場さえしていれば、こうしたパッシブ運用の投資家から自動的に買いが入って株価が下支えされるため、企業の経営規律が緩みやすくなるといった懸念もあるようです。
市場再編を通じて企業の意識改革や各市場の品質向上を図り、さらなる投資マネーを誘引しようという東証の意気込みは、評価されてしかるべきものだと思います。しかし、「貯蓄から投資へ」などと国をあげて一般個人の投資参加を促しておきながら、そのインフラとなるべき株式市場が長らく課題を放置してきた現実を見るにつけ、改めて驚きを禁じえません。
前回も紹介したように、東証1部上場企業の顔ぶれはインデックス型投信が連動をめざすTOPIXの構成銘柄として、一般個人が長期の資産運用を行ううえでも大きく影響してくる問題です。さまざまなステークホルダー(利害関係者)の思惑がからんで、市場再編は一筋縄ではいきそうにありませんが、掛け声倒れに終わらないことを祈るばかりです。