日本企業の利益還元策について、最新動向を教えてください。
成熟産業で増配に動く企業が増加中
SMBC日興証券によると、日本の上場企業の2021年度における配当総額は、前年度比で11%の増加となる見通しです。新型コロナウイルス禍前の19年度と比べても4%の増加となり、ここにきて日本企業が増配の傾向を強めていることが分かります。
注目したいのは、各社の配当戦略に大きな変化が見てとれること。なかでも目立つのは海運や商社、メガバンクなど、いわゆる成熟産業において増配方針を掲げる企業が増えていることです。
日本郵船は22年3月期の年間配当額を700円(1株当たり、以下同)とする方針を発表しました。これは前期比500円の増配および3期連続の増配に当たります。商船三井も同期の年間配当額を550円とする方針で、こちらは前期比400円の増配および4期連続の増配となります。今年(21年)8月24日時点で、東証1部上場全銘柄の予想配当利回り(*1)の平均値は1.86%ですが、日本郵船の予想配当利回りは8.91%、商船三井は同7.68%と、市場平均を大きく上回っています。
商社では大手5社が、22年3月期から配当金額の下限を示したり、徐々に増配していく方針を打ち出すようになりました。各社とも配当性向(*2)の引き上げを目指す意向で、三井物産のように自社株買いを含めた総還元性向(*3)について引き上げ目標を掲げる企業もあります。三井住友フィナンシャルグループや三菱UFJフィナンシャル・グループでは、配当性向40%への累進的な引き上げを目指す方針です。目標とする実現時期についても具体的に表明しており、前者は23年3月期まで、後者は24年3月期までとしています。
従来は利益還元の意識がそれほど高くなかった企業が、こぞって増配に動くのはなぜでしょう。
背景としてまず、コロナ下の危機対応として内部留保を増やすなか、そこに業績改善も加わったことが挙げられます。利益還元への要望が強い海外の投資家にもアピールするために、持続的な増配の重要性に目を向ける企業が増え始めているわけです。
コロナ禍が長期化して先行きへの不透明感がぬぐえず、成長投資には資金を振り向けにくいという事情もあるようです。成熟産業に属する企業はもともと相対的に成長期待が小さく、「投資家の評価を高めるには利益還元の拡充に動くしかない」というのが本音かもしれません。
市場再編へ向けて自社株の消却が加速する?
反対に、これまで増配や高配当で知られていた日本企業が減配に転じるケースも見られます。
キヤノンは20年12月期に、年間配当額を前期の160円から80円に減配しました。これは同社にとって実に33年ぶりの減配です。その後の大幅な業績改善を受けて、21年12月期には増配を予定していますが、増配額は前期比で10円と「微増」にとどまる見込みです。日本たばこ産業(JT)は今年2月に、1994年の上場以来初となる減配の実施を発表しました。21年12月期の年間配当額は130円と、前期比で24円減らす方針です。
両社に共通するのは、主力事業の市場縮小や収益性の悪化により、高配当政策の維持が困難になってきたこと。むしろ厳しい経営環境のなかで財務基盤の強化を図るとともに、成長分野への投資が不可欠との危機感が強まっているようです。
もうひとつの利益還元策である自社株買いの動向はどうでしょうか。
ゴールドマン・サックス証券の予想では、東証1部上場企業の自社株買いが22年3月期に、前期比44%増の7.4兆円になるとしています。ただし、自社株買いは21年3月期に前期比で41%も減っており、配当に比べると増加傾向はそれほど目立つものではありません。
その理由としては、コロナ禍で先行きが不透明なため、手元資金を厚めに確保しておきたいという台所事情のほか、自社株買いの動機が薄れていることも関係しています。自社株買いは企業にとって、自社の株価が割安であることを市場に伝えるという意味がありますが、ここ数年の株高によって現状ではそうしたアナウンス効果は期待できません。
自社株買いの内容にもいささか問題があります。東京証券取引所の株式分布状況調査によると、20年末時点で上場企業が保有する自己株式は、1999年度の統計開始以降で過去最高を記録しました。
自己株式は企業が自社株買いを通じて市場から買い戻した自社株を、消却せずに保有しているもので、「金庫株」とも呼ばれます。企業は金庫株を保有することで、将来の株式交換によるM&A(企業の合併・買収)などに備えることが可能となります。一方で株主や投資家にとっては、将来的に金庫株の一部が市場に出てくるケースもあり得るわけで、必ずしも利益還元とは言い切れない面が残ることになります。
22年4月に予定されている東証の市場再編へ向けて、今後は自社株買いおよび、自社株の消却が加速するだろうという指摘もあります。市場再編の新たな区分で最上位に位置する「プライム市場」に入るには、市場における流通株式比率が35%以上という基準をクリアする必要があり、自社株を消却して発行済み株式数を減らすことが有力な対応策になるからです。
(*1)配当利回り=1株当たり年間配当金額÷株価×100(%)
(*2)配当性向:配当金の支払いが純利益(税引き後の利益)に占める割合
(*3)総還元性向:配当金の支払いと自社株買いの合計額が純利益に占める割合