金価格が再び上昇に転じたことは、何を意味しているのでしょうか?
通貨不安や世界秩序の揺らぎを反映している?
金(ゴールド)の価格が再び上昇基調を強めています。国際価格の指標となるニューヨーク商品取引所(COMEX)の金先物価格は、今年(2016年)7月6日に一時1トロイオンスあたり1,377ドル台まで上昇し、2年4カ月ぶりの水準を回復しました。
直接的な要因は、直前の6月下旬に英国のEU離脱が決まり、欧州経済の先行き不透明感から金融市場でリスク回避の動きが広まったこと。ただし、金価格が上昇に転じる兆しはすでに年初から表れていました。金の国際機関であるワールド・ゴールド・カウンシル(WGC)の統計によると、世界的な金の投資需要は今年1~3月に618トンと前年同期比2.2倍の増加を記録しています。これはリーマン・ショック後の09年1~3月に記録した、626トンという四半期ベースでの過去最高値に迫る規模の数字です。
金融市場では年初来、金投資に追い風となるような事態が相次ぎました。まず、中国など新興国経済への不安から世界の株価が乱高下し、安全資産としての金に改めて注目が集まります。米国の早期利上げ観測が後退するとともに、日銀が欧州に続いてマイナス金利政策を導入したことから、金利を生まないという金の弱みも目立たなくなりました。機関投資家の間では、マイナス利回りが増えた国債などの債券に代わって、金にリスク分散の役割の一部を託すという認識が広がってきた模様です。
加えて注目したいのが、世界の主要通貨と金の関係です。国際金価格は08年に初めて1トロイオンス1,000ドルの大台を突破し、11年には1,900ドル超の史上最高値を記録しました。背景には、リーマン・ショック後の米国経済と基軸通貨ドルへの不安、さらにはギリシャの債務危機をきっかけに拡大した第2の国際通貨ユーロへの不安がありました。反対に、米国が13年に量的緩和政策の縮小へカジを切り、15年12月に9年半ぶりの利上げを実施するまでの間、国際金価格は1,000ドル台へと大きく下落します。
近年における国際金価格の動きをみると、投資家は以前にも増して金を「代替通貨」として捉える傾向が強まっていると考えられます。その観点からいうと今回、金価格が上昇に転じたのは、市場がドルやユーロの価値低下や将来的なインフレを予測しているからかもしれません。そうした懸念の大もとには、欧米の度を過ぎた金融緩和(紙幣のばらまき)があるわけですが、ここにきて特に欧米の政治・経済・社会がいずれも不安定さや不透明さを増してきたこと、すなわち既存の国家体制や世界秩序の揺らぎも影響しているように思われます。
日本の投資家も「守り」の機能に着目し始めた
通貨価値や国力の低下に対する懸念は、私たち日本人にとっても他人事ではありません。マイナス金利という言葉の響きにもはや慣れてしまったような感もありますが、10年物国債の利回りまでマイナスという現状は、どう考えても尋常ではないでしょう。厳しい見方をするならば、日銀による異次元の金融緩和はデフレ経済を脱却するために円の価値を人為的に低下させる行為であり、マイナス利回りが定着した国債相場は日銀が意図的に作り出したバブルということができます。
日銀がいずれは直面するであろう出口戦略の難しさはもちろん、最近は日本の「25年問題」も懸念材料のひとつになりつつあります。2025年に日本では、1947~49年に生まれた団塊の世代を中心とする年齢層がほぼすべて75歳以上の後期高齢者となり、医療や介護、年金などの社会保障費が急増して財政危機の引き金になりかねないと危惧されています。現在のところ、円は市場で安全通貨の代表と見なされるのが一般的ですが、今後の経済・財政運営の結果次第では評価が大きく変わる可能性もないとはいえません。
興味深いのは、日本人の金投資のスタンスに変化が生じ始めていることです。金は国際市場でドル建てで取引されており、国内金価格は円・ドル為替レートの影響を受けます。アベノミクスによって円安が進んだため、国際金価格が下落に転じた12年以降も国内金価格は大きく値崩れすることなく、今日まで概ね1グラム4,000~5,000円台という歴史的高値で推移してきました。
この間、貴金属最大手の田中貴金属工業では、投資家の金購入量がほとんど減少していません。15年以降はむしろ購入量が売却量を上回っており、金の年間平均小売価格は一貫して上昇基調にあります。金貨などの小口投資でも従来のように短期で売却せず、長期保有を志向する投資家が増えていると考えられます。欧米に加えて日本の投資家も値上がり益の追求ではなく、「守りの資産」という金の本質的な機能に着目し始めたとするならば、何とも不吉な予感がします。
IMF(国際通貨基金)は8月2日に発表した対日審査の年次報告書で、日本の金融政策について「大規模緩和が長引けば国債市場の流動性がさらに細り、長期金利の急変動など金融システム不安が高まる」と警告しています。市場にはさらなる金融緩和を催促する向きも多いようですが、そう遠くない将来に金融市場で好ましくない事態が発生する確率が少なくとも高まっていることを、国内外の金価格が示唆しているような気がしてなりません。