初めて投資需要が宝飾品需要を上回った
今年(2009年)の12月1日に、ニューヨーク商品取引所の金先物相場は一時、1トロイオンスあたり1,200ドルの大台を突破して、過去最高値を更新しました。このコラムでは約2年前の2007年11月にも金価格の高騰を取り上げましたが、当時の価格が837.5ドル。それから2年間で、国際金価格はさらに40%以上も上昇したことになります。
現在の金市場において目立つ特徴は、投資需要が急拡大していることです。金の国際調査機関などがまとめた今年1月~9月の世界需給統計によると、金の総需要に占める割合は投資が49%、宝飾品が41%で、1996年の調査開始以来、初めて投資需要が宝飾品需要を上回りました。
11月上旬には、IMF(国際通貨基金)が売却を決めた400トン余りの金のうち、200トンをインドの中央銀行が買い取ったことが明らかになりました。中国でも外貨準備の運用先として、政府高官が「金の保有量を今後10年以内に現在の約1,000トンから1万トンに増やすべきだ」と発言するなど、政府内で金の買い増しに向けた議論が高まっています。
従来は先物取引による短期売買が主流と見られていたヘッジファンドの金投資も、最近では金価格に連動したETFや鉱山会社株などへと、その対象が広がりつつあります。これはヘッジファンドが金を中長期で保有する姿勢を見せ始めたことを意味し、金価格が高止まりするとの安心感から、世界の金投資に追い風となっているようです。
いくつかの節目を経て2,000ドルを目指す!?
金の投資需要が急増した最大の要因は、世界の基軸通貨である米ドルの下落です。米国では金融危機後の景気対策として、大規模な財政出動と超金利政策を実施してきましたが、今年の10月と11月に失業率が2カ月連続で10%を超えるなど、本格的な景気回復にはまだ時間がかかりそうなのが実状です。財政支出の拡大と低金利は今後もしばらくは続きそうで、それがドル安とドル不信につながって、ドルの代替資産とされる金に資金が流入した格好です。
ただし、米国政府は輸出増につながるドル安をなかば容認する構えを見せています。ドル安の進行は米国にとっていわば想定内の事態であり、今回のドル安をそのまま基軸通貨ドルの凋落へと結び付けるのは、早計にすぎるかもしれません。米国は経済政策を平時のものに戻す、いわゆる「出口戦略」の早期実施を模索しています。それを世界の資金も意識しているならば、その実施時期が金価格にとってひとつの節目になると考えられます。
専門家のあいだでは、米国の出口戦略実施は早くても来年(2010年)の半ばから後半という見方が強いようです。興味深いことに、あるヘッジファンドでは今年、「来年の4月に1,450ドルで金を買う権利」を大量に取得しました。この見立てが正しければ、金価格は米ドルの影響を強く受けながら、来年の春から後半にかけて1,450ドルを超える水準で推移する可能性が高いと言えそうです。
金価格が1990年代の長期低迷から上昇に転じたのは、2001年の米国同時多発テロがきっかけでした。その意味では、「テロとの戦いの出口戦略」にも注目が必要です。米国は先頃、アフガニスタンへの派兵について、来年夏までに3万人を増派したうえで、2011年7月までに撤収開始を目指すと発表しました。この時期も金価格の節目になりそうですが、むしろ本当の節目はその後に来るような気がします。
景気回復と金融安定化、戦争終結が実現したとしても、その過程で米国経済は相当に疲弊すると思われます。世界各国による大量の通貨供給により、インフレの懸念も高まっていくはずです。米国がどのような選択をするかにもよりますが、場合によっては米国を中心とした従来の世界構造は、大きな転換点を迎えることになるかもしれません。長期的な視野で見ると、そうした混沌や変化こそが世界の「一大有事」であり、金価格はそこを目指して上昇を続ける可能性もあります。
ちなみに、旧ソ連がアフガニスタンに侵攻した直後の1980年1月、金価格は当時としては過去最高値の850ドル台をつけました。その価格をインフレ調整して現在価格に置き換えると、2,000ドル以上になるそうです。また、世界的に著名な投資家のジム・ロジャーズ氏は、今後10年で金価格は2,000ドルまで上昇する可能性があると語っています。一方では「ナンセンス」という声もあるものの、2,000ドルという水準は金価格を語るうえで、意外と無視できないものなのかもしれません。