急激に進む人民元安が意味するところを教えてください。(後編)
相場切り下げによって元の国際化を意志表示?
中国は市場経済化を進める過程で、1990年代から2000年代にかけて輸出競争力を高めるため、人民元相場を実勢より低い水準に誘導・維持してきました。その基本姿勢に変化が生じたのは、08年のリーマン・ショックと金融危機がきっかけです。
当時の中国は元売り介入を通じて手にした米ドルを大量の米国債購入に充てており、ドルの下落によって大きな含み損を抱えることになります。ドルなどの相場変動が自国の貿易に悪影響をもたらしたという認識も強く、それ以降、中国は「元の国際化」を意識し始めます。
国際化の具体策として、30カ国以上の中央銀行と自国通貨を融通し合う通貨スワップ協定を締結したほか、国内機関による元建て海外投資や国内銀行による元建て海外融資、海外の機関投資家による中国本土への有価証券投資などを相次いで解禁。香港で元のオフショア市場も整備しました。
特に10年半ば頃からは対ドルでの元高を容認するスタンスが目立つようになり、元相場は14年1月までの3年半で約1割上昇します。12年11月に発足した習近平政権が「強い元」を志向したのも、多分に元の国際化を意識してのことでしょう。とはいうものの中国はこの間、通貨価値を安定させて海外から投資を呼び込みやすくすることなどを目的に、相場管理を通じて元を事実上ドルに連動させる緩やかな「ドルペッグ制」を採用してきました。
14年から15年にかけて、米国の利上げ観測が高まるなかでドル高が進んだため、元相場も連動して高止まりが続きました。すでに景気が減速に向かっていた中国にとって行き過ぎた元高は次第に重荷となり、中国人民銀行は15年8月に元相場を約2%切り下げます。恐らくこの時点で中国は、近い将来にドルペッグ制を放棄し、本格的な元の国際化に乗り出す意志を固めたものと思われます。
中国にとって元相場の切り下げにはもうひとつ、大きな狙いがありました。中国は以前から元がIMF(国際通貨基金)のSDR(特別引き出し権)構成通貨に採用されることを強く望んでおり、そのために元の対ドルレートをより市場実勢に近づける必要があったのです。
IMFは15年11月の理事会において、16年10月から元をSDR構成通貨に組み入れることを決定しました。SDRはIMFの加盟国が他の加盟国から外貨準備の融通を受ける権利であり、元のSDR構成通貨への採用は、いわば元が外貨準備に適した国際通貨としてお墨付きをもらったことを意味します。
経済に関する認識の差が市場に混乱をもたらす
中国の15年の実質国内総生産(GDP)は6.9%と、25年ぶりの低水準となりました。それでも現在のところ、中国が本格的な景気対策へ動く気配はありません。習近平国家主席も先ごろ、中国経済の先行きについて「V字でもU字でもなく、L字型だ」と表現しています。高成長から安定した成長へ移行する「経済の新常態」を目指して、中国がいま需要拡大よりも過剰な供給能力の解消に力を入れていることは確かなようです。
こうした経済の構造改革にしても、元相場を市場実勢に近づける動きにしても、原則論としてはしごく“まっとうな”取り組みといえるでしょう。世界第2位の経済大国が少しずつでも管理型の経済・金融運営から脱却し、自国市場の改革や開放へ向かうならば、長期的には世界経済にとっても悪い話ではないはずです。
しかし、世界の金融市場は決してそのように悠長かつ寛大な目で中国を見ようとはしません。その背景として、例えば経済の新常態を志向する中国政府と、これまで中国が実現してきた高成長への幻想が残る市場との間で認識の差が大きいことが挙げられます。
市場はこのように考えます。中国が国内需要を刺激しないままに不採算な産業や企業のリストラを進めれば、成長率がさらに低下して国内外に影響を及ぼす――。そこに昨今の中国当局による株価対策や為替管理の不手際も相まって、市場は中国経済の失速を過剰に警戒し、中国からの資金引き揚げや元売りを急ぐようになるわけです。
日本への影響はどうでしょうか。今後も基本的に元安傾向が続くならば、相対的な円高が日本企業の輸出競争力をそいだり、好調なインバウンド(訪日外国人)消費にブレーキがかかるといった懸念が生じてきます。
ただし、こうした警戒や懸念は、見方によってはご都合主義的といえなくもありません。結局のところ日本を含む世界の市場は、一方では中国に対して経済・金融の洗練や自由化を求めながら、その実もう一方の本音としては、中国が変化せずに従来どおり外需の恩恵を振りまくことを期待しているのではないでしょうか。
あまりに近視眼的な判断や目先の利益にこだわった考え方は、かえって中国経済に対する見通しを誤らせるような気がします。