米国が人民元の切り上げ圧力を強化
人民元には、円や米ドルのような変動相場制がいまだに採用されていません。中国は国際的な輸出競争力を高めるため、2005年までは米ドルを対象として「1ドル=8.28元」前後に、為替レートを事実上固定する通貨政策をとっていました。しかし、対中貿易赤字が拡大した米国などから、通貨の相対的な価値を高める「切り上げ」を迫られたため、2005年7月に人民元改革を実施。人民元を米ドルに対して2.1%切り上げ、「1ドル=8.11元」としました。
それ以降、中国は人民元のレートを米ドルを含む複数の通貨と連動させながら、徐々に切り上げのペースを上げていきます。結果として、人民元は3年間で米ドルに対して21%の上昇を記録しました。ただし2008年夏からは、その後にリーマン・ショックや金融危機が発生したこともあり、自国の輸出産業を支援・保護する目的から「1ドル=6.825元」前後に再び固定し、今日に至っています。
ちなみに、中国は人民元のレートを実際の価値よりも割安に固定するにあたって、大規模な「米ドル買い・人民元売り」の為替介入をおこなっています。人民元の切り上げに動くということは、こうした為替介入を縮小することを意味します。
今年(2010年)に入って、中国が人民元の新たな切り上げに踏み切るのではないか、という観測が高まってきました。そのきっかけとなったのは、米国が中国に対する人民元の切り上げ圧力を、またもや強化し始めたことです。
米国ではオバマ大統領が1月に、輸出倍増による雇用創出計画を打ち出しました。それを機に米議会では、「中国による人為的な人民元安への誘導が米国民の雇用を奪っている」といった対中強硬論が広まります。今秋に中間選挙を控えた米議会が、国民の支持を取り付けやすい外交政策として人民元の切り上げを持ち出したという点では、前回ご紹介した金融規制強化と同じような流れです。
一方の中国では、売り介入を通じて市場に人民元が大量に放出されると、いわゆるカネ余りによって景気過熱(インフレ)や不動産バブルにつながりやすいという問題を抱えています。実際に、中国では今年1~3月期に国内総生産(GDP)の成長率が11.9%を記録し、消費者物価指数(CPI)も前年同月比で2月に2.7%、3月に2.4%、4月に2.8%それぞれ上昇するなど、インフレの懸念が高まってきています。4月には主要70都市の不動産販売価格も前年同月比で12.8%上昇しました。これは現行の調査形態となった2005年7月以降で、最大の伸び幅です。
中国にもインフレ沈静化のメリット
中国人民銀行(中央銀行)が5月10日、今年に入って3度目となる預金準備率の引き上げを決めるなど、中国ではインフレや不動産バブルを警戒して、すでに部分的な金融引き締めに動いています。今後はそう遠くない時期に政策金利の引き上げも予想されますが、金利上昇は海外からの投資マネー流入につながるため、かえってカネ余りを助長しやすいという難しさもあります。
そんななか、人民元を切り上げれば、輸入物価の下落を通じたインフレ沈静化の効果が期待できます。中国にとって人民元の切り上げは、対米貿易摩擦の回避と経済安定の両面でメリットがあるわけで、できれば早く実施してしまいたいというのが本音かもしれません。
問題はいつ、どの程度の規模で切り上げるかということでしょう。前述したように、中国は人民元レートの固定化にあたって大規模な為替介入をおこなっています。実はこの為替介入が、2008年秋以降の金融危機に対応した緊急経済モードとして見た場合に、米国にもメリットをもたらしていたと考えられます。
中国は買い介入によって手にした米ドルを、主に米国債の購入にあててきました。これは米国にとって財政赤字の補填財源を確保する、いわば財政出動としての意味合いがあるのです。すなわち人民元の切り上げは、中国と米国の双方が、経済政策の平常化(出口戦略)に向かうことを意味することになります。
ギリシャ危機の世界経済に及ぼす影響の拡大が懸念されるなか、ただでさえ各国はいま、出口戦略のタイミングに苦慮しています。こうした経済情勢も合わせて考えると、、人民元の切り上げ時期は少なくとも中国の利上げ以降であり、その規模も当初はかなり慎重なものになりそうです。