1. 金融そもそも講座

第132回「各国経済の強さと弱さ PART9(欧州編)」ギリシャの歴史は“big”? - 遠い“自立”

前回の最後に「欧州が抱える“構造的問題”について次回から取り上げたい」と書いたが、その構造的問題を実に端的に示す騒動がいわゆる“ギリシャ問題”である。同国をこれまで財政支援してきたトロイカ(EU、ECB、IMF)と、その束縛(厳しい財政支援の条件)から逃れてみせると宣伝して選挙に勝った急進左派連合のチプラス新政権が激しく対立。今回は4カ月の支援延長で合意したが、「いずれギリシャのユーロ離脱にまで発展するのではないか」との懸念も強い。双方が少しずつ折れて支援延長になったが懸念は消えない。それはなぜなのか。

ギリシャの歴史は“big”?

少し脱線するがギリシャの問題を考えるときに、筆者の頭から今も離れない言葉がある。2012年にギリシャに行った時、アテネからポセイドン神殿まで連れて行ってくれたタクシーの運転手(英語が喋れた)との会話だ。歴史の話になって私が「ギリシャには長い歴史がありますよね」と言ったら、その言葉にややけげんな顔をした運転手が、「いや、ギリシャの歴史は“big”だ」と言ったのだ。私は驚き、そして強い違和感を覚えた。

確かにギリシャの紀元前の歴史はすごい。アクロポリスには驚嘆する。紀元前3000年に遡るのだ。ギリシャは欧州文明の起源ともいえる文化を花咲かせた。だから自国の歴史を“long”というのは分かるとしても、あえて“big”と言うだろうか。世界四大文明の発祥地(メソポタミア、エジプト、インダス、黄河)を抱えた国の人々でも、自国の歴史を“big”とは言わないだろう。

だから私はタクシーの運転手の一言に、ギリシャの人々の自国の歴史に対する誇りを強く感じると同時に、「自分の国の歴史を“big”というのは思い上がりではないのか」「それがこの国の重荷になっていないだろうか」と考えた。今でもそう思っている。

ギリシャを甘やかす環境

ギリシャにはきれいな空と魚介類が豊かな海、そして野菜や果物が実る土地と温暖な気候がある。「観光客さえ来てくれれば、この国は回る」(同国のホテル関係者の言葉)という安心感の中で、ギリシャは北の欧州諸国とは全く違った文化・社会・政治風土をつくり上げてきた。冬にドイツからギリシャに移動すると、この二つの地域が全く異なった環境に置かれているのがよく分かる。ドイツが世界に誇る食料として送り出しているのは保存食としてのソーセージだ。ギリシャはそんなものを発明する必要がなかった。

誰がギリシャを「産業としては観光しかない」「援助頼みの国」にしたのか。ギリシャで何人かと話したら例外なく「政治家が悪い」と言った。彼らが好んで使う言葉は「corruption(汚職)」だ。何回もその言葉が出てくる。くだんのタクシーの運転手はその時に走っていた道路の建設にしても「政治家の懐にお金が入っている」と非難した。IMFの政策を導入したのも過去の政治家だ、と彼らは怒る。

「でもその政治家を選んでいるのは国民だよね」と筆者が聞くと、「彼らは我々国民を政府の良い職に就けてやるとか、いろいろ誘うんだ。それには勝てない」と答えた。そういえばギリシャは危機の前、働く国民に占める公務員の割合が異常に高い国だった。公務員を増やした政治家ほど当選が確実になった。結局、政治家と国民はもたれ合っていたのだ。援助がそのプロセスを長引かせた。しかし永遠に続くパーティーはない。

ギリシャは欧州とアジアのクロスロードにある。だから欧州の大国は、人口1100万ちょっとのギリシャを様々な勢力からの防波堤にしようとした。だからギリシャにはいろいろな援助が入った。加えて2004年のオリンピックだ。EUも援助した。つまりギリシャとはずっと過去の文明を誇りとし、最近はいろいろな方面から援助を引き出して「身の丈以上の生活を謳歌してきた(ドイツの政治家の言葉)」国、国民なのだ。今のチプラス新政権も時に欧州の大国に警告する。「我々にはロシアに頼るという手もありますよ」と。

ギリシャの遠い“自立”

トロイカ(EU、ECB、IMF)が行おうとしているのは、大枠でいうとギリシャに「自立しなさい」ということだ。働く4人に1人はいたといわれる公務員を削減し、増税などもして財政赤字をGDPの一定の範囲に収め、腐敗と複雑な官僚手続きを単純化して国を効率的なものにし、年金制度を縮小し、新規就業者の最低賃金を引き下げ……と矢継ぎ早に要求した。サマラス前政権はその方向で努力したが、国民が「もう我慢できない」と早々にキレてしまった。昨年末の総選挙で勝利したのが急進左派連合(SYRIZA)、それを率いるのがアレクシス・チプラスという若い政治家、というのが経緯だ。

ギリシャの財政はトロイカの融資(総額は1720億ユーロ)が切れる2月末以降は回らない。既に税収が落ち、国民も資金をできる限り海外に出している。3月以降はトロイカとの合意がなければ公務員に給料も支払えなくなる。だからギリシャはトロイカの融資条件を大筋で飲まねばならなかった。しかしそうなると今度はSYRIZAやチプラス首相に対してギリシャ国民が「公約違反だ」と怒る図式が見える。ギリシャの政治状況が不安定になるということだ。

ギリシャが抱える最も根本的な問題は、観光以外にこれといった産業がない(大きなのはオリーブ油の輸出程度)ことだ。SYRIZAは非効率な国営企業の民営化計画も撤回すると主張している。それではどうやってギリシャに観光以外の産業が生まれるのか。多分生まれない。観光しかない国の失業率が25%前後で高止まりしているのはある意味当然ともいえる。日本やドイツなど多様な産業を抱えている国では考えられないことだ。

その状況を変えなければいけないのだが、ギリシャでは今もって企業の設立さえも官僚による大変な書類審査、その間の賄賂などの問題があって遅々として進まない。つまりトロイカの融資が継続されても、ギリシャ自身が「過去への過度の心理的依存」「気候も良く、食べ物には困らないという大船意識」そして「右や左に顔の向きを変えれば援助がもらえるという精神構造」を変えないといけない。しかしギリシャの人々がそこまで気づいているかははなはだ疑問だ。

ということは、ギリシャを巡るEUの危機は今のままだと将来も繰り返し起こる、ということだ。EUが「もう抱えきれない」と考え、ギリシャも「もう我慢できない」と考えるときはそれほど遠くないとも思える。(

ご注意:本コラムは、上記掲載日から1ヵ月程度前に伊藤洋一氏が執筆されたものです。
閲覧される時期によっては、現状に即さないことも予想されます。また、内容には仮定に基づいた記述も含まれます。ご了承ください。

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