1. 金融そもそも講座

第130回「各国経済の強さと弱さ PART7(欧州編)」予想以上にパワフル、しかし……

欧州が大きな決断を下した。「危機の影は去った」「ページをめくった」と米国経済についてオバマ大統領に言わせしめるのに役立ち、今は日本が景気回復・物価押し上げを狙って実施している国債を対象としたQE(量的金融緩和)に踏み切ったのだ。規模は月間600億ユーロ、期間は“その後”にも含みを残して当面2016年9月まで。市場予想を上回る規模で画期的な発表だが、一方で「やっと実施か」という印象も強い。不況とデフレを眼前に突き付けられての遅ればせながらの決定だ。米国は既にQEを3カ月前に終えている。英国も終えている。ECB(欧州中央銀行)を構成するユーロ圏は、なぜそれほど決定に時間がかかるのか。そこに欧州が抱える一つの大きなシステム的欠陥がある。

予想以上にパワフル、しかし……

2015年1月22日にECBが打ち出した「欧州版QE」の中身に触れておこう。事前のマーケットの予想は「月間500億ユーロの購入を1年間続ける」というものだった。しかし発表されたのは「月間600億ユーロ(約8兆円)の規模で欧州各国国債、EU機関債などの購入を少なくとも2016年9月まで続け、その後も物価目標(2%弱)の達成に向けた明確なシグナルを出すまで続ける」というもの。

実施は今年(2015年)の3月からだ。購入額は参加国のECB出資比率に応じて各国市場でとなる。ただしギリシャについては、ECBが既に同国国債を大量に保有していることから、一部同国国債(現在はジャンク=投資不適格債に格付けされている)を購入するかどうかなどを含めて、後日決定となっている。しかしECBは、マイナスの利回りとなっているドイツ国債まで「購入対象である」としている。そもそも極めて保守的なドイツ連銀をモデルにつくられたECB。今でもフランクフルトに本部を置く。その意味では、この積極的な緩和策は中銀として実に思い切った歴史的な措置だといえる。

ただし重要なのは、今回の措置(QE)が金融市場の期待を何度となく空回りさせた上で、“やっと”実施に移されることになったという点である。何せ米国は既に2014年10月に同様の措置を終えて、景気回復の中で利上げ時期をにらむまでに進んでいる。英国も「利上げ時期の先延ばし」の方針を先に打ち出したが、既にQEは終了。日本は1年半前に開始した。

もっと重要なのは、ドラギ総裁が「今回の措置は賛成多数で決定された」と述べて、反対した理事(国)がいたことを隠さなかったことだ。反対票を投じたのはドイツやオランダだと思われている。ドイツといえばEUで最大・最強の経済国だ。その反対を押し切っての「ECBのQE突入」。措置は力強いが、日米の中銀にはない“危うさ”を感じさせるものだ。

欠陥の根っこ

決定が遅く、それでもまだ内部に無視できない反対意見を抱えているという「問題の根っこ」は、産業力も、文化も、そして政治風土も違う国々の寄り集まりというEUの特殊性にある。それはEUが政治統合するまでは引きずらざるを得ない。しかし政治統合は容易なことではない。恐らく無理だ。よってそれはむしろ、将来的にはEU分裂の危機に発展する危険性を内包したものだ。非常に重要なポイントなので、読者の皆さんに覚えておいていただきたい。

具体的に言おう。欧州はドイツなど各国の中銀とは別に、欧州全体を管轄する中央銀行(ECB)をつくり出してユーロの管理や金融政策を一本化している。しかし各国の政治(政府)は各国民の選択(投票)に任されている。財政政策は各国が独自に行っているのだ。つまり欧州においては、金融政策と財政政策が手に手を携えて目標に向かうというのがなかなか難しい。

これは政治問題を引き起こす。財政政策が放漫だった国はEUから厳しく是正を求められる。しかしそれが続くと国民が納得しなくなる。既に欧州各国の政党の中には、「反EU」と呼ばれる有力な政党が存在し、かつその勢力は伸長している。また欧州域内で「財政政策を発動できる余力」という点では、ドイツ(余力あり)からギリシャ(余力なし)まで雲泥の差がある。余力というよりも「もっと財政政策を発動すべきだ」と周囲から指弾されているのがドイツということになる。その逆はギリシャだ。

そもそも論を言うと、設立に関する法律でECBができることは基本的に次の4点に過ぎない。「金融政策の決定と実施」「加盟国の公的外貨準備の保有と運用」「外国為替操作の実施」「決済制度の円滑な運営の促進」。この4つでECBが欧州全体を動かせると考える人はいないだろう。金融政策と財政政策の相互補完関係がないからだ。しばしば「財政政策はすぐに景気を上向かせたい時に効果がある(お金が事業にすぐに出ていくので)」が「金融政策は冷や酒のごとくじっくりと(金融政策のお金は迂回するので)」といわれる。しかし基本的に欧州にはこの望ましい組み合わせが実現し難い。

こうした限界があるにもかかわらず、今回世界は「ECBは欧州を救えるのか」と見守った。ECBも苦しかったに違いない。

懸念ばかりが

少し先のことを考えてみよう。もしこのECBの思い切った金融政策でもEUのインフレ率が高まらずに欧州がデフレに陥り、景気も今の成長率ゼロ近傍の状態を続けたらどうなるかだ。当然ながらECBには「もっとやれ」という圧力がかかるが、「金融での経済救済」という考え方そのものに反対のドイツは、これまで以上にQEの政策深化に慎重になるだろう。一方の南欧の国々は「もっと」と要求する図式が描ける。

金融市場の見立ては別れている。「今回の決定は規模も大きく効果的だ」という見方と、「フランスやイタリアなどの労働市場改革や、欧州全体での新産業の育成、規制緩和などが伴わなければ効果は限定的」という見方だ。後者の見方に納得性がある。同じ金融政策を実施している日本でも、「第三の矢」に有効な政策が出てこない中でアベノミクスに脆弱性が感じられるからだ。「金融政策ができることは限られている」「金融政策は補助的政策」という各国中銀総裁の以前からの共通発言は、真実を突いているのだ。ECBもスーパーマンではない。やはりドイツが繰り返し主張する「構造改革」が先行すべきなのだ。

繰り返すが、EU、その共通通貨を管理するECBには既に“遠心力”が働いている。各国で反EU政党が勢力を伸ばしている。ギリシャだけではない。「EUが恩恵よりは各国にとっての負担や制約になっている」との見方が欧州各国で強まっているからだ。中には英国のキャメロン首相のようにトップ自らが「EU加盟の意義を問い直す」としている例もある。そしてECBの中にも選択すべき政策で大きな意見の隔たりがある。今回、最大のECB出資国であるドイツの意向は無視された。

今回のQEは「ECBとしてやむを得ぬ選択」だったが、実はEU内でもECB内でも亀裂が深まっている中での決定だった。それは欧州が抱える大きな弱点の一つだ。(

ご注意:本コラムは、上記掲載日から1ヵ月程度前に伊藤洋一氏が執筆されたものです。
閲覧される時期によっては、現状に即さないことも予想されます。また、内容には仮定に基づいた記述も含まれます。ご了承ください。

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