1. 金融そもそも講座

第133回「各国経済の強さと弱さ PART10(欧州編)」ドイツ : 構造改革の成功者

苦しむギリシャを尻目に、安定した経済運営を見せるのがドイツだ。ギリシャの国債や株式は、国が置かれた脆弱な立場を象徴するように激しく揺れ動いていて、危機が深刻化すれば大きく売られる。しかしドイツの国債利回りは日本より低い水準で安定し、何よりも株式相場の急上昇ぶりが目立つ。それはドイツ経済が金利低下とユーロ安の恩恵を一番受けやすい構造をしているからだし、「欧州のお金の置き場所としてはまずドイツだ」と世界中の投資家が考えている証拠でもある。同じ欧州にあっても、ドイツとギリシャとは全く対照的な国なのだ。

株価が安心して上がれる国

ドイツはとにかく株式市場が強い。ドイツを代表する株価指標はDAXだが、今年に入って世界の株式市場をリードしている。日米の株価はその勢いを手がかりに上昇基調を保っているようなものである。

ドイツ株の強さは突出している。例えば隣のフランス(代表的株価指数はCAC40)を見ると、確かにこのところ上がってはいるが、レベルは5000をちょっと下回る程度。2007年の6000超の水準に全く届いていない。一方のドイツ株はほぼ連日の新高値なので、勢いの差は明確である。

マーケットをずっと見ている筆者には一つの大きな感慨がある。10年前を振り返ってみると、欧州の三大国、つまりドイツ、フランス、英国(代表的株価指数はFTSE100)の株価指数の絶対値は4000~5000前後とかなり接近していた。それを「この三つは似た水準だ」と見ていた記憶がある。むろん構成銘柄は別だし数も違う。しかし「その国の代表的株価指数」という存在価値は同じはずだ。しかし今やドイツのDAXは明らかに抜けている。CAC40は5000弱、FTSE100は7000弱、DAXは11400だ。

ドイツは国債も安心して買われている。今や指標10年債の利回りは日本を下回る。つまり世界の先進国の中でドイツの政府は一番安い金利で資金を調達できる存在になったということだ。日本の長期金利はやや上昇気配なので、当面ドイツは「世界で一番金利の低い主要国」の地位を維持しそうだ。

ドイツの株価が高く国債利回りが低い背景には、ECB(欧州中央銀行)の超金融緩和措置、欧州のデフレ傾向などいろいろな要因がある。しかしドイツ経済が金融緩和やユーロ安のメリットを素直に受け入れることのできる構造を持っていることの反映でもある。それによって国民の豊かな生活を維持しているというのが重要な点だ。

構造改革の成功者

なぜドイツは“抜け出し”に成功したのか。一番忘れてならないのは「ドイツは改革の成功者だ」ということだ。むろん目論んだ全部の改革に成功したわけではないが、1990年代末から2000年代の前半にかけて一連の労働市場改革などを断行した。加えて、財政健全化へのドイツ国民の強い熱意もあって、「欧州で最も成功した国」としての地位を確かなものにしたのである。

今から振り返れば、「世紀が入れ替わる前後10年弱の改革の痛みに耐え、それを乗り越えたことが今の強いドイツ経済をつくった」といえる。もう多くの人は忘れているかもしれないが、90年に東西が統一した後は、失業など深刻な経済問題を抱え込み、一時は「欧州の病人」とまでいわれた。しかし98年に発足したシュレーダー社会民主党政権は「労働市場改革」に乗り出し、その後も社会保障制度、医療保険・年金制度など広範にわたる構造改革を断行した。同政権は経済のグローバル化や成長戦略を視野に入れ、「その内容が新自由主義的である」と伝統的な支持基盤である労働組合から批判されながらも、一連の改革を実行した。彼を「ドイツ中興の祖」と呼ぶ人もいる。労働市場改革のポイントは以下の4つだ。

  • 1. 失業給付期間の短縮化や失業給付基準の厳格化
  • 2. 解雇保護法の適用されない事業所の範囲拡大
  • 3. 企業による研修生の受入れ促進などの職業訓練の充実化、雇用斡旋(あっせん)の強化など就労を促す仕組みの整備
  • 4. 規制緩和や失業者の創業支援などによる起業の促進

一連の改革は、「長期失業率の大幅な低下」と「若年層の就業率の上昇(就業率の世代間格差の是正)」となって結実した。これがドイツ企業の競争力強化に役立った。それに加えて、世界のどの国よりも「健全な財政」を希求。この結果としてドイツの優位は確立したといえる。

世界中の投資家から信頼される国

ギリシャは様々な改革をトロイカなどに強いられた。しかし「もう我慢できない」とチプラス急進左派連合に政権と国のかじ取りを投げた状態になり、EUなどと支援継続で合意した今でも、基本的には「改革阻止」が国の方針だ。実に対象的だ。ドイツはシュレーダー前首相の慧眼(けいがん)もあるが、置かれた立場(併合国家)の厳しさを乗り越える改革を自らの力で実行した。それ故の現在の安定した経済運営、欧州での抜け出しとなっている。シュレーダー前首相が「社会民主党の首相」だったということも重要だ。なぜなら当初、労働組合は支持政党である社会民主党の政策だったので反対できなかった。

むろんドイツの成功には様々な異論がある。財政の均衡を金科玉条にしているが故に、橋などのインフラがガタガタになっているとか、経済が好調な割には移民排斥の政治的ムードが高いなどだ。海外からは「もうちょっとドイツが財政出動して景気刺激すれば、欧州経済が救われるのに」という声もある。しかしドイツに何回も行っている筆者は「ドイツ的安定」が好きだし、街も気持ち良く整備されている。全体的な社会インフラは欧州でも、1、2を争うレベルだと思っている。イタリア、スペイン、ギリシャのように「いつ何時、労働者のストが発生するか分からない」といった無秩序状態にはない。

投資という観点から見ると、「ドイツは欧州の米国になった」というのが筆者の意見だ。欧州で何かあると資本、資産はドイツに集まる。ドイツ国債が異常に買われているときは他の欧州(例えば南欧やウクライナ)で何か起きているときだ。ドイツの国債は欧州の安全資産になった、といえる。倹約に励み、改革の痛みを乗り越えたドイツ。対して、痛みに耐えきれずに「反改革」の急進派を政権につかせたギリシャ。経済政策を実施する上でどちらが楽で、世界の投資家がどちらを選好するかは明確だ。次回は「成功するドイツ」の秘密に迫る。(

ご注意:本コラムは、上記掲載日から1ヵ月程度前に伊藤洋一氏が執筆されたものです。
閲覧される時期によっては、現状に即さないことも予想されます。また、内容には仮定に基づいた記述も含まれます。ご了承ください。

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