第二次世界大戦を同じ陣営で戦って共に負けたという歴史的経緯以上に、日本とドイツはよく似ている。信頼される工業製品を送り出して世界で確固たる地位を築いたこと、働く人に職人気質が高いこと、そして抱えている産業の幅が自動車、機械工業、電機・電子、化学、環境技術、ナノテクノロジーなどと実に広く、各業界に世界的な有力企業があることだ。この連載の中で数回ドイツを取り上げてきたが、筆者にはどうしても書いておきたいことがある。それはドイツが官民一体となって進める「インダストリー4.0(Industrie 4.0)」という構想の存在だ。
第4の産業革命
前回、「ドイツというと日本ではハイテクに弱いような印象があるかもしれないが、それは誤解だ」と書いたが、この構想こそドイツの先進性を象徴している。「第4の産業革命」とも呼ばれ、連邦政府が中心となってドイツが官民一体で推進している壮大な技術開発プロジェクトだ。技術の大きな流れから見て実に時宜にかなった計画であり、日本のはるか先を行く。
振り返ると、産業革命といえば第1のそれは18世紀から19世紀の英国。蒸気機関や水力機関が発達し、自動織機の開発は繊維業の生産性を飛躍的に高めた。鉄道網も急速に伸びた。第2の産業革命は20世紀初頭に始まり、電力をふんだんに使って労働集約型ではあるものの大量生産の方式を導入するものだった。第3の産業革命は1970年代に始まったとされ、電子技術の導入によって生産工程の部分的な自動化を推進するものだった。この第3の産業革命はまだ継続中だともいえる。我々の身の回りでもあちこちでデジタル技術の力を借りて自動化が進展しているからだ。
しかしドイツはこれを一気に大規模化、深化させて第4の産業革命と呼べるものにしようとしている。旗を振っているのは連邦政府だが、産業界、学界も一体となって実現を急ぐ。大まかに言うと、企業の壁を越える形で生産から消費までのモノの流れ全体をネットワークによってループ化し、生産工程のデジタル化・自動化・バーチャル化のレベルを現在よりも大幅に高め、納期や品質を向上させながらコストの極小化を目指すというもの。その中心に座るのはスマート工場、つまり「自ら考える工場」だったり「機械が機械をつくる工場」となる。
ドイツが抱く危機感
周囲からはドイツ経済の基盤は強く盤石に見えるが、実は国内では「このままでは競争力を失う」という危機感が強い。それは労働者の賃金上昇や労働時間短縮などにより、中国やインドなどの新興国にその地位を脅かされるのではないかとの懸念からだ。しかしそれ以上に、グーグルやアップル、フェイスブックなど新しい企業を生み出す米国に高度技術で先を行かれる中、製造業でもいつか追い越されるのではないかという懸念がある。ドイツも日本と同じ悩みを抱えているのだ。
今の世界は、アップルの製品に見られるデジタル技術、ネットワーク技術を駆使した製品のループ化(同社の製品は製品同士が常につながっていて便利である)、それにクラウド利用によるビッグデータの利用やそのサービス化で圧倒的に米国企業が先行している。米国には「英語」(ある意味、世界の共通語)という武器もある。やはりドイツ語では日本語と同じように、ソフトウエア関連で世界の主導権を握ることはできない。その米国が産業分野、特に製造業で力を入れているのが「3Dプリンター」で、この単語はオバマ大統領の一般教書演説の中にも登場した。米国はソフト面だけでなく、製造の面でも日独をデジタル的に追い越そうと具体的な戦略を立てていて、さらにその先にあるのが「インダストリアル・インターネット(産業インターネット)」という考え方だ。
筆者の見方では製造業の分野で米国の追い上げを許したくないドイツが考え出したのがインダストリー4.0だ。インターネットと人工知能の本格的な導入によって、生産・供給システムを企業の壁を越えて、全関連企業を巻き込みながら革命的に自動化・効率化し、それをドイツの新しい競争力にしようとしているのだ。この「企業の壁を越えて、全関連企業を巻き込みながら」というのが重要だ。
国が音頭取り
日本と同じだが、ドイツでも産業力のかなりの部分を担っているのは、優秀な中小企業だ。これらの企業は「ミッテルシュタント」と呼ばれ、ドイツの全企業の90%を占める。日本と同じように独立色が強く、それぞれの企業は自らの技術に自信を持ち、自らのやり方にこだわっている面がある。しかしそれでは競争力が上がらないと考えたドイツ連邦政府は、それらの関連する企業をネットワークで結んで全部束ね、「産業全体のスマート化」を進めようとした。例えば、部品の生産・納入などを一括してこのネットワークですれば、人も在庫も大きく減らせるし、生産がスムーズに進む。ドイツは今の高い産業競争力を維持できる。
しかしこれを自発的に企業につくらせようとしたら難しい。何よりも各企業のプライドがぶつかる。ソフトウエアの開発も必要だし、その他多額の資金がかかる。そこで政府が主導で産業全体のスマート化を進めようとしているのだ。このネットワークに入る企業は大小を問わずに「バーチャル・クラスター」を形成する。物理的に近い場所に位置する必要はない。従来のクラスターという概念は自動車部品メーカーや組立工場が一定の地域に集中するパターンで、その結果、生産コストが比較的低い中東欧(チェコやハンガリー、スロバキアなど)に形成されていた。しかしインダストリー4.0ではそんなことは必要なくなる。
これは日本でもよくいわれる「工場のデジタル化」といった規模の小さいものとは違う。時に業界の枠組みを超えたインダストリーワイドなものとなる。その中核は人工知能だが、考えればこれは「実に優れた、未来型のモノづくりの仕組み」といえる。今のネットワーク技術、クラウド技術、3Dプリンターなどを使った生産技術を融合すれば、すさまじい「生産革命」を起こせることは容易に想像できる。
筆者はこれまでいろいろな機会に、「これから重要なのはループだ」とずっと言い続けてきた。時価総額で世界一になったアップルの成功がそれを物語っている。アップルの製品は全てループになっているが故に面白い。4月発売の「Apple Watch」もその仲間入りをする。さらにこれからは「Internet of Things(IoT)」の時代である。あらゆるモノがネットにつながる時代に、生産に関わる様々な参加者(メーカー、納入業者、輸送業者、卸し小売り、さらには消費者)が知的につながって当たり前だ。そういう意味でインダストリー4.0はインパクトが大きい。
日本が何もしていないわけではない。しかし「モノづくりの国」を自認するなら、ドイツで進められている“垣根を越えた生産革命”といえるインダストリー4.0から目を離してはいけないと思う。(続)