1. 金融そもそも講座

第136回「各国経済の強さと弱さ PART13(欧州編)」ドイツ : 過ぎる輸出依存 / 移民依存の経済

これまでの連載の中で成功者としてのドイツを取り上げてきた。「欧州の優等生」といわれる理由は十分にあった。ドイツ製品は車など我々の身の回りにたくさんあり、それは成功の証だ。国際政治におけるメルケル首相の地位は上がる一方だし、今年(2015年)のサミット(先進7カ国首脳会議)はドイツで開かれる。再び世界の目がドイツに向かう年となろう。しかし、ドイツも他国と同じように多くの問題を抱えている。それは成功故に存在するものもあるが、将来、心配な構造的なものもある。今回はそのいくつかを解説する。

過ぎる輸出依存

ドイツが抱える問題としてまず挙げられるのは、「過大な輸出依存の経済」「膨大な貿易収支の黒字」といえる。輸出力が強く、それによって黒字が出ていることは一見良いことともいえる。しかしそれも程度の問題なのだ。ドイツの強い輸出を支えているのは今まで取り上げてきた経済の強さもむろんあるが、ユーロ安に支えられている面がある。ドイツの黒字はどこかの国の赤字ということだ。

戦後、ドイツと日本はずっと米国から「黒字が過ぎる」と批判され続け、内需の拡大を求められてきた。その黒字の半面の赤字を背負っていたのが米国で、それは米国にとって「富の流出」と「雇用の喪失」を意味する。米国はその是正に真剣にならざるを得ず、しばしば国際経済摩擦に発展した。しかし今や日本は貿易収支黒字国から降りた。日本の多くの企業が円高に苦しむ中、工場を海外に移転させたことで経済構造が変わったこと。加えて3.11以降の原発停止で輸入LNG依存が大幅に高まったからだ。今、世界を見渡して先進国で膨大な貿易黒字を出し続けているのはドイツだけだ。

当然ながらドイツはEUの他の加盟国はむろんのこと、米国からも黒字削減を求められている。ドイツの黒字は他国の成長力を引き下げる面があるからだ。「ドイツはもっと内需を刺激する必要がある」というのが周囲の国の批判だ。しかしそこに立ちはだかるのはドイツの財政均衡至上主義だ。頑固なまでに財政出動を拒否する。日本はインフラが少し傷むと「危ない」という世論が起きて(地震国ということもあるが)、すぐに補修にお金を出す。景気が悪くなっても財政出動だ。しかしドイツは橋が危険になっても、財政赤字回避でなかなか補修をしようとしない。その結果、ドイツのインフラは日本人から見れば「大丈夫か」と思えるような状況になった。

今のままだとサミットでドイツは非公式にせよ他の先進国から「もっと内需を振興せよ」との攻勢をかけられるに違いない。かつドイツが享受しているユーロ安、それによる輸出増加は、ギリシャや南欧の国の苦難故に生じている面がある。ギリシャなどは特に厳しく財政規律を求められている。ギリシャ問題に由来するユーロ安でドイツの産業界がメリットを受ける、という妙なひねくれ方をしているのだ。

妬みを買う成功

しばしば、成功は妬みの種になる。筆者が最近驚いたのはギリシャがドイツに対して日本円で36兆円に上る賠償金を要求したことだ。なぜ“賠償”なのかというと、第二次世界大戦中にギリシャはナチス・ドイツに占領されていた。その占領によって受けた被害は賠償されていない、その金額は36兆円に上るから賠償しろ、というのがギリシャのチプラス政権の主張だ。

ドイツは「解決済み」と取り合う姿勢を見せていない。このギリシャの急進左派連合(SYRIZA)政権の主張が、「年金削減」「最低賃金の引き下げ」など厳しい財政規律を求めるEU、特にドイツに対する意趣返しであることは明らかだ。ギリシャからすれば「我々の問題故に生じているユーロ安でドイツは不当な利益を得ている」と見える。そして結果としてまたギリシャに、経済的占領軍(厳しい財政改革を求めるなど)として振る舞っているのではないか、と憤っているのだ。そうした中でチプラス首相はロシアにまで出かけて、「EUの対露制裁には反対だ」とまで言っている。場合によってはEUやドイツを見限ってロシアにつくぞというシグナルだ。

ドイツへの不満を抱いているのはギリシャだけに限らない。フランスのオランド大統領もかたくなに財政出動による景気刺激を拒否するドイツを意識しながら、「経済の強い国は周囲の国の経済的苦難を和らげることができる」とシグナルを送る。もともと欧州石炭鉄鋼共同体(ECSC)から始まる欧州の経済統合の流れは、二度の世界大戦を引き起こしたドイツが再び欧州の真ん中で突出しないように楔(くさび)を打ち、システムの中に閉じ込めるのが目的だったといわれる。しかしその枠組み(EU、ユーロなど)が再びドイツを欧州で突出した存在としつつある。これは一種の皮肉だ。

移民依存の経済

ドイツが抱える問題をもう一つ挙げると、それは「移民依存の経済」ということだ。移民国として発展してきた同国の歴史の結末でもある。それは第二次世界大戦後に旧ドイツ領土から強制的に追放された人々やその子孫に「帰還移住者」としてドイツ国籍を付与したことから始まった。1970年代まで続いた経済復興期にトルコなどから多くの外国人労働者を受け入れ、さらにそれら労働者の家族らも入国させた。その後も何度かの移民受け入れがあり、今では全人口8200万人強の実に20%、五分の一が「移民」ないし「移民のバックグラウンド」を持つに至っている。そのかなりの部分はトルコなどイスラムの背景を持つ人々である。

移民の多くは戦後ずっとドイツ人がやりたがらない仕事を受け持ってきた。工場労働、清掃、介護など。その存在はドイツ経済のシステムの中に深く定着している。いわゆる“生粋のドイツ人”の人口は、日本と同じように少子化などを背景に年々減少しているため、今後も移民依存の経済は深まりこそすれ、弱まることはないと見られる。既にドイツでは移民ないし移民のバックグラウンドを持つ人の5歳未満の子どもの割合が全体の35%(3人に1人以上)に達している。

いわゆるドイツ人の間では少子高齢化、人口減少、労働力人口の減少が進む。ドイツは今後とも移民を受け入れていかなければならないし、経済における移民の役割が今後も増すことは明らかだ。にもかかわらず、ドイツには移民、特にイスラム系の移民に対するあからさまな反対運動がある。

その典型が旧東ドイツの街ドレスデンを中心に展開する「西洋のイスラム化に反対する欧州愛国者(略称:ペギーダ)」といわれる運動だ。もともとトルコ系移民を受け入れてきた旧西ドイツの都市ではなく、東に属したドレスデン中心の運動という点を考慮に入れる必要はある。しかし解決策もないままにイスラム系の移民を排斥する運動がドイツで盛り上がっているのだ。欧州全体に見られる「移民の排斥」の流れに乗ったものだが、「ドイツの将来」を考える上で一つのポイントになる。(

ご注意:本コラムは、上記掲載日から1ヵ月程度前に伊藤洋一氏が執筆されたものです。
閲覧される時期によっては、現状に即さないことも予想されます。また、内容には仮定に基づいた記述も含まれます。ご了承ください。

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