1. 金融そもそも講座

第144回「各国経済の強さと弱さ PART20(欧州編)」フランス : 混合経済体制 / 仏政府、ルノーへの介入拡大を計画

ずっと世界各国の経済を見ているが、フランスに関して筆者が持っている一番の印象は、「跳躍しない企業」「はじけない地味な経済」ということである。政治や外交の世界では、この西欧最大の面積を持つ先進国は時に華々しい活躍をする。なのに経済はそれと実に対照的。フランスは他の国を上回る著しい成長率になることもなければ、それほど大きく落ち込むこともない。それは多分、日本の80年代の不動産バブル、米国の90年代のITバブルのような、人々が常軌を逸する過熱経済、激しいアップダウンの主役にフランスがならなかったからだろう。政治・外交とは裏腹に、堅調ではあるが華やかではなく地味。それがフランス経済だ。そしていつもついて回るのは高い失業率(今は10%前後)だ。

混合経済体制

フランスはなぜ跳躍しない企業、はじけない経済を持つのか。その一つの背景は米国や日本、それにドイツとは異なる「混合経済体制」を敷いているからだと思う。混合経済体制とは、市場経済をベースとしつつも時として政府が大規模かつ積極的に経済に介入する経済体制といえる。市場経済に政府介入(しばしば社会主義経済に見られる)をミックス(混合)したという意味でこう呼ばれる。英語ではmixed economyとかmixed economic systemとも呼ぶ。

むろん、米国や日本など市場経済の旗を高く掲げているほとんどの国でも経済への関与は少なからずあり、自由放任の完全市場経済は事実上存在しない。政府はいつでも国民に対していろいろな約束(選挙公約などで)をするからで、それを実現するには政策と称する数多くの手を打ち、また企業活動を規制しなければならない。それは“自由主義のメッカ”と呼ばれる米国でも同じことだ。今の日本の政権与党・自民党もそうだが、自由主義を掲げても各国政府はしばしば「大きな政府」になってしまう。それは是か非か。特に米国ではいつでもこれが政治論争の一角を形成する。

ただしその中でも、政府が市場経済に直接多くの関与をする国、それが半ば常識化している国があり、その国の経済を混合経済という。フランスがそれだ。フランスのかなりの数の大企業には、政府の資本が常に入っている。またフランスの今の政権党は社会党だが、同党は今でも社会主義インターナショナルの系列に属する。つまり、企業への国の関与を当然視する社会主義、社会民主主義の考え方をそもそも継承する風土がフランスにはあるのだ。

仏政府、ルノーへの介入拡大を計画

フランスが日米独とは違う混合経済国であることを示す直近の例は、フランス政府が同国の自動車メーカーであり、日本の日産とも資本提携関係にあるルノー株を買い増す計画を公表したことだ。もしこれが実施されると、日産自動車の経営方針がフランス政府の意向で動かされる可能性が生まれる。

そもそもの発端は、鉄鋼大手の欧アルセロール・ミタルが2012年に仏北東部フロランジュの製鉄所の閉鎖を決めたことだ。この決定に世論が激しく反発し、仏政府も介入した。その結果14年に出来たのが「フロランジュ法」で、当該企業の株式を2年以上保有している株主に2倍の議決権を付与するという骨子。表向きの理由は長期の視点に基づく経営を促すことだ。

しかし、例えばルノーについていうと、既にフランス政府はルノー株の15%を保有している。当然だが保有期間は2年以上。この結果フランス政府の持ち株比率が2倍の30%になる可能性があり、国を代表する自動車メーカーに対する仏政府の発言力は強まる。それがあまりに行き過ぎると、健全な企業統治が損なわれる懸念が出てくる。だからカルロス・ゴーン率いるルノーはこの計画に強く反発している。

これは日米独ではあり得ないことだ。日本政府がトヨタの株を買うことも、米国政府がフォードの株を買うことも、ドイツ政府がダイムラー・ベンツの株を買うことも通常ではあり得ない。しかしフランスではしばしば政府が国を代表するような企業の株式を買い、議決権を確保して、その経営に容喙(ようかい)する。

さえないフランス企業

フランス産業省はルノー株買い増し計画に関して声明で、「企業統治に対する政府の発言権を確保し、政府の長期的利益を保護することが目的だ」と説明。既にルノーの株式を最大12億3000万ユーロ(約1600億円)相当購入する計画で、買い付けを始めたとも伝えられる。この買い増しはルノーが政府の介入を避ける措置を検討していることへの対抗措置とされる。

フランス政府の狙いを具体的にいえば、ルノーが国内工場を閉めて海外に工場展開をしようとしたら政府が待ったをかける、ルノーが人員整理を検討したらそれをやめさせる、ということだと考えられる。しかし、企業活動に国が激しく容喙する社会主義の体制がソ連でさえ行き詰まったことは、歴史が示している。企業の自主性、創造性がそがれるからだ。結果、良い商品が生まれない。フランスはそのリスクを背負っている。同国企業が世界に飛躍できないのはフランスの混合経済体制に問題があるからだと筆者には思える。

ルノーの業績はどうか。はっきりいえば芳しくない。例えば、日本でルノーの車をどのくらい見るだろうか。それはドイツ車に比べれば非常に少ない。つまり、輸出市場で成功しているとはいえない。本来の市場である欧州でも、欧州債務危機以降は不振が続いている。最近のルノーは人材や業績面で日産頼みの構図が強い。この結果、労組からはルノーの日産化を心配する声が増え、労組を支持基盤とするオランド社会党政権が強硬措置に踏み切ったともいわれる。

ルノーの不振は、フランス経済・企業の縮図だ。確かにフランスは通信衛星を含む通信分野、宇宙航空産業、造船、医薬品、化学、自動車など数多くの産業を擁する。しかしこれらの産業も、既に高い平均失業率をはるかに超える若年失業率を引き下げるほどの雇用吸収力は無いのが現状だ。これも企業の自由な経営と決断を許さず、政府が政治的意図をもって企業の経済活動に容喙するからだと思う。

次回に詳しく取り上げるが、ドイツなどと比べた場合の労働市場の改革などでフランスは大きく後れを取っている。伸ばせない輸出(フランスは貿易収支赤字国)と弱い内需。フランスは間違いなく欧州の大国であり、世界でも存在感のある国だが、その基盤は弱まっているように思う。(

ご注意:本コラムは、上記掲載日から1ヵ月程度前に伊藤洋一氏が執筆されたものです。
閲覧される時期によっては、現状に即さないことも予想されます。また、内容には仮定に基づいた記述も含まれます。ご了承ください。

バックナンバー2015年へ戻る

目次へ戻る