信用不安がスペインなどの南欧諸国にも波及
事の発端は、昨年(2009年)10月にギリシャで政権交代が起きたことでした。新政権が2009年の財政赤字について、対GDP(国内総生産)比で12.7%に達すると発表したのです。これはギリシャ自身が従来、予測値として公表していた3.7%を大幅に上回るだけでなく、ユーロ圏が加盟国の財政規律基準として定めている数字(対GDP比の単年度財政赤字が3%以内)の4倍以上にも上ります。
財政の破綻懸念に財政赤字の粉飾疑惑も加わって、市場ではギリシャに対する不信感が急拡大。ギリシャ国債への売りが殺到します。ギリシャ国債10年物と、ユーロ圏で信用力の高いドイツ国債10年物との利回り格差は、昨年10月までは1%強のレベルでしたが、今年(2010年)1月末には一時4%まで拡大しました。信用不安は、同じく財政赤字のGDP比率が大きいポルトガルやスペイン、イタリアなどにも波及していきます。これらの南欧諸国ではギリシャと同様に国債の利回りが上昇し、株価も今年に入って6~10%の下落を記録しています。
こうした動きは当然のことながら、単一通貨ユーロにも大きな影響を与えることとなりました。為替市場ではユーロの下落基調が続いており、円に対しては今年2月初旬に「1ユーロ=120円台」を記録。これは約11カ月ぶりの円高・ユーロ安水準です。米ドルに対しても2月中旬に、約9カ月ぶりの安値となる「1ユーロ=1.35ドル台」前半をつけています。
ギリシャでは今年の4~5月に国債の大量償還を控えています。そこで仮にデフォルト(債務不履行)が発生したり、ギリシャがユーロ圏から離脱するような事態に陥れば、ユーロの信用はいっそう大きく揺らぐこととなります。さらに懸念されるのがスペインの動向です。スペインのGDP規模はギリシャの4倍強、ポルトガルの6倍強と大きく、スペインで財政不安が深刻化した場合には、ユーロおよびユーロ圏経済への影響は計り知れないものがあります。
先進国のソブリンリスクにも注目が集まる
以前にここでも紹介しましたが、ユーロ圏16カ国の金融・通貨政策はECB(欧州中央銀行)に一元化されており、加盟各国は独自の判断で利下げや通貨切り下げなどの景気刺激策をとることができません。ユーロ圏の中でも相対的に経済力が弱いギリシャのような国では、景気回復を財政政策(財政拡大)に頼るほかなく、財政の健全性が損なわれやすいという構造的な問題があるのです。
EU(欧州連合)は今年2月、ギリシャの財政再建へ向けた自助努力を支援すると発表しましたが、それはギリシャ国民の痛みをともなう厳格な行財政改革が条件になっています。もともと放漫財政が目立っていたギリシャをここで安易に救済すると、他の南欧諸国への示しが付かないことに加えて、実際に支援資金を負担することになるであろうドイツやフランスなど、ユーロ圏主要国の強い反発が予想されるからです。
しかし現実問題として、失業率も10%を超えるギリシャが財政拡大という唯一の持ち札を取り上げられ、財政再建を最優先しながら経済の立て直しを図ることは、まず容易ではないでしょう。今回の信用不安を通じて、ギリシャをはじめとする南欧諸国の景気回復は、相当に遅れることになると思われます。
形こそ違うものの、実は同じような問題は日本や米国、英国などの先進国でも進行しつつあります。2008年秋の金融危機以降、先進各国は景気対策と金融救済に巨額の財政支出を費やし、結果として世界経済や金融市場の安定化はある程度まで実現しました。その一方、各国で積み上がった財政赤字はギリシャ問題をきっかけに、ソブリンリスク(国家の信用リスク)として世界中の投資家に強く意識されるようになっています。
市場経済を混乱や崩壊の危機から救うため、財政出動によって民間のリスクを肩代わりした国家が、いま当の市場から「そんなに赤字では信用できない」と疑心暗鬼に見られているわけです。各国の財政状況がかなり危ういことは隠しようのない事実ですが、それにしても市場とはどこまで身勝手なものなのかと、つくづく感心してしまいます。
財政再建はいわば国家の中長期的な展望であり、市場の信認が得られやすい代わりに、国民負担や景気回復の遅れをともないます。対して財政出動は、いわば国家の短期的な処方です。景気刺激や金融救済には有効ですが、一般に財政赤字をともないます。この2つの財政政策が総じて二律背反の関係にあることを理解できるならば、市場はもう少し冷静に「待つ」ことや「見極める」ことを覚えてもいいような気がします。