1. 金融そもそも講座

第62回「ギリシャとドイツは何が違う?」

欧州の債務問題を何度か取り上げた中で、筆者はギリシャとドイツを対照的に取り扱ってきた。ギリシャは欧州の“落第生”で、トロイカ(EU、欧州中央銀行、IMF)から支援を受けてやっと国を回し、今は不況のどん底にある。一方ドイツは欧州の“優等生”としてギリシャを支えてはいるものの、国内には「これ以上のギリシャ支援には反対」論が強い。何がこの大きな違いを生んでいるのか。“一軒の家”に例えながら解説してみたい。

産業力の差

まずは産業力の違いである。ドイツには日本と同じように実に数多くの産業があり、それぞれが国際的に非常に強い存在である。例えば車を例にとってみよう。日本も世界に通用する車生産国だが、その日本にも多様なドイツ車(ベンツ、BMW、アウディ、VWなど)が数多く走っている。ドイツ車の普遍性は、世界のどこに行っても変わらない。昨年ロシアに行ったが、そこでも多くのドイツ車が走っていた。大部分は高級車としての位置付けである。

米国も「自動車大国」だが、日本では米国車はあまり見かけない。米国はそれが不満のようで、「日本は輸入車に対して差別的な姿勢を取っている」としばしば不満を漏らす。しかし、日本におけるドイツ車の浸透を見れば、日本が輸入車全般に差別的な姿勢を取っていないことは明確である。なぜドイツ車が浸透し、米国車が日本の消費者に好まれないかといえば、それはドイツ車が優秀だからである。

ドイツは、化学、機械、ガラス、精密など多くの産業分野で世界的に見ても強い存在だ。これは日本に似ている。現在の経団連のトップは住友化学の米倉会長である。電力や鉄鋼、自動車の最大手企業のトップが勤めてきた日本の経済界のリーダー的役回りを化学会社の会長が担っているということは、日本の化学業界が世界的な存在であることの証明である。

対してギリシャには、「これ」といった産業が極めて少ない。一番大きな産業は豊かな文化・歴史遺産を持つ観光だ。約1132万人(2011年/外務省資料)の国民が迎えられる観光客の数は限られているし、今は国自体が非常に苦しい状況でギリシャに来る観光客も少ない。以前は海運がギリシャを代表する大きな産業だったが、今はその面影は薄い。つまり、ドイツは一家の中に数多くの稼ぎ手がいるのに対して、ギリシャにはしっかり稼げる人がいない状況だ。

国民性の差

国民性は真逆だ。平易な言葉でいえば、ドイツ人はしっかりものであるのに対して、ギリシャ人はよい意味ではおおらかで、「明日はなんとかなる」というタイプの人が多い。ドイツ人は堅実に貯蓄をし、ギリシャ人はラテン系にありがちな「使ってから考える」タイプである。英フィナンシャル・タイムズによれば、ギリシャの純貯蓄率はGDPのわずか7%だそうで、その結果、同国の国債の70%は外国人所有だという。対GDP比で日本は世界一の国債発行国であるが、日本の場合は発行された国債の95%を日本国民が保有している。つまり、外国人に持たれている比率は5%しかない。同紙はギリシャの最近の行き詰まりに関して、「国家をあげて遊びほうけたことの当然の報いだ」と断じている。

家庭でも国でも、経済を語るとき「貯蓄」と「借金」は極めて重要な要素だ。「貯蓄」のある家庭は何かあったときにも慌てなくて済む。しかし「貯蓄」がなく、家計を「借金」で回しているような家は、稼ぎ手(産業)の一人が健康を害して働けなくなって収入が減ったら、さらに借金を重ねなければならない。それは一段とその家の負債が増えることを意味する。負債とは返済しなければならないお金だから、負債の積み上がりは「家計崩壊」を意味するのだ。

国の場合は大勢の国民の集合体だから、簡単に「崩壊」はしない。今のギリシャのように国が破綻したら生じる状況を回避しようと様々な国際機関やグループ(欧州の場合はEU)が助けようとする。しかし借金でクビが回らなくなったギリシャでは、商店が潰れ、工場は稼動せず、失業者は増えて(率は23%に達する)、多くの国民が海外への出稼ぎに向かっている。行き先はアフリカや南米であり、かつての地球規模での人の動きとは逆となっている。これは実質的には国民にとっての「国家破綻」である。

税のシステム

もう一つギリシャとドイツの違いは、徴税などの国家システムがしっかりしているのか、国民に順法精神があるのかということだ。ギリシャにも無論お金持ちはいる。しかし、ギリシャのお金持ちはほとんどが税金を納めていないか、納めていても該当額のごく一部といわれる。そもそも国の徴税能力が極めて低く、国民も納税意識が低いといえる。同国は数々の緊縮策を打ち出して経済の立て直しをEUやIMFなど国際社会に訴えているが、世論調査をするとギリシャ国民の92%が「追加緊縮策は不公平」と述べ、さらに23%の国民が「課税されても税金は納めない」と回答しているという。これでは国家の財政が回るわけがない。

対してドイツ国民は貯蓄をし、納税をしながら、高度な経済活動をして高い生活レベルを維持している。ドイツが日本にGDPで抜かれたのは戦後のそれほど時間がたたない時期で、日本が中国に抜かれて3位になったことから、ドイツは世界第4位だ。しかし、世界に「ドイツは惨めな国だ」と言う人などいない。東ドイツという約1600万人の貧しい国を統合しても、ドイツは依然として強く、国家体制のしっかりした国だ。

しかし奇妙なことに、この対照的な二つの国はEUというグループの加盟国となっている。ギリシャのだらしなさがEUの通貨であるユーロを安くし、そのユーロ安がドイツの産業の輸出競争力を強くしている、という側面はある。その一方で、ギリシャはユーロの高いレベル故に、通貨安で一気に観光客を呼び込んだり産業の競争力を高めることができないハンディがある。

ということは、ギリシャはいずれユーロから離脱するのがよいと筆者は思うのだが、EUとしては今ギリシャに抜けられると「EUの崩壊」のようにいわれるので、ギリシャを包含しておこうとする。お互いにとって不幸なことだ。

まずギリシャがやらなければならないことは、自らの家計を立て直すことだが、それは「国民性を変える」ということであり、極めて難しいと考えるのが自然だ。

ご注意:本コラムは、上記掲載日から1ヵ月程度前に伊藤洋一氏が執筆されたものです。
閲覧される時期によっては、現状に即さないことも予想されます。また、内容には仮定に基づいた記述も含まれます。ご了承ください。

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