東京の表参道に2015年4月、「日本で今最も有名な英国のメーカー」がショールームをオープンした。そのメーカーとはダイソンだ。日本でも掃除機や羽なし扇風機で着実にファンを増やしている。奇抜な発想と優れたデザイン。日本の家電メーカーを押しのけてまだまだ伸びると思う。実はそこから歩いて5分の参道沿いには、米国の時価総額一位企業アップルのショップがある。目と鼻の先にアングロサクソンの代表的二カ国のメーカーがショールームを構えているのだ。それは何を意味するのか。
イメージ・ブレーカー
アップルストアと同じく、ダイソンのショールームはきれいだ。骨董通りが国道246号にぶつかった先の右側にある。以前は紀ノ国屋だったところにできたおしゃれなビルの一角。ただし入口はビルのそれとは違う。ダイソンの主な消費者向け製品が展示されていて、広さは100平方メートル程度。常駐の従業員は3~4人。ユニホームはブラックで統一。入って右側と正面の壁にはスクリーンが埋め込まれていて、これが室内の内装や製品の色とは違った色合い(主に暖色系)を出していた。入ってすぐ目に付いたのはダイソンが近く発売するといわれている“ルンバ型”のロボット掃除機だった。
日本人にとってダイソンは「イメージ・ブレーカー」だ。製造業ではとんと駄目な英国」というイメージを、見事に打ち破った。産業革命を世界で最初に始動させた英国は、言ってみれば近代的製造業の母国である。だがその後は敗北続きだ。国内に数多くあった自動車メーカーはそのほとんどがドイツメーカーの軍門に下った。米国もかつては製造業大国だったが次々に業界ごと侵食され、同国最大の自動車メーカーであるGMは政府支援を受けて生き延びている。
つまりつい最近まで、「製造業では駄目なアングロサクソン」というのが我々日本人のイメージそのものだった。対して、戦後の世界の製造業をリードしたのはドイツと日本だ。今でもこの両国はともに製造業に強い国ということで、よくアングロサクソンの米英と比較される。依然として、日本もドイツも製造業で確固とした地位を保っているように見える。
アングロサクソンが伸長
しかし少し冷静に身の回りを見渡すと、米国や英国などアングロサクソンの会社がつくったものが増えている。私はスマホ類を3台使っているが、2台はiPhoneだし、PCはMacBook Airが3台ある。この原稿を書いている時点ではApple Watchをゲットし、さらに最新超薄型MacBookを首を長くして待っている状態だ。そしてダイソンの掃除機があり、かつてはルンバを使っていた。多分読者の皆さんも意外とアングロサクソンの製品が身の回りに多いことに気がつくだろう。
ではアングロサクソンの製造業での復権がなぜ今になってなのか。それは経済を動かす基幹技術が、「枠組みのテクノロジー」としてのITとそれを駆使したインターネットに移ったからだというのが筆者の仮説だ。インターネットが米国の軍事システムの中から生まれたことはよく知られている。そもそもネットというのはシステム、つまり“仕組み”そのものなのだ。そしてその仕組みの中から“製品”がつくられるようになってきており、それが世界の製造業を「アングロサクソン優位」に変えつつある。アップルの製品群は、それ自体がネットワークを構成しているようなものだ。
そもそもアングロサクソンは仕組みをつくるのがうまい。最初は英国が、次に米国が世界の枠組みをずっとつくってきたし、仕切ってきた。枠組み、仕組みとは時に法的であり、時に制度的、社会的だった。対して消費者が買う「一つ一つのモノ」をつくるのがうまいのは日本とドイツだった。ともに職人文化があり、良いモノをつくることを尊ぶ美意識があった。アングロサクソンにはそれが希薄だった。“戦後”という期間をとってみれば英米両国は「モノづくりの敗戦国」だった。
ドイツや日本は枠組みや仕組みをつくるのはうまくない。というより失敗してきた。ともにアングロサクソンの秩序に挑戦した第二次世界大戦では敗戦した。日本は今中国がやろうとしているAIIB(アジアインフラ投資銀行)の構想を持っていたが、米国につぶされた。ドイツはEUの中でさえも、突出したリーダーシップを執ることをためらっている。むしろ、ともに与えられた枠組み(戦後秩序)の中での経済的繁栄を大事にしているように見える。両国の強みは、一つ一つの製品を正確無比、秀麗につくる製造業にあった。
IT=枠組みの技術
しかし事情は大きく変わりつつある。世界の基幹技術が「枠組みの技術」(ITとそれを駆使するネット)になったことにより、製品の一つ一つがネットワークの中で“役割”を持つようになった。ネットワークとそれをつかさどるソフトウエアが重要になったのだ。ITやネット技術を単体製品製造でいかにうまく使うかにしか関心のない日本企業の劣位は明確となった。家電を見ればよく分かる。日本企業は企業の一部門や製品の中でのみITとネット技術を使おうとした。つまり新技術の可能性を企業の部門や製品に押し込めようとした。
しかしITと関連技術を最初から“システム”として認識したアングロサクソンの企業は、そのシステムとしてのIT・ネット技術に会社の組織、人事、製品、サービスを合わせた。日本とは逆だ。だから当然ながらITとネットが産業として花咲いたのは米国だった。「クラウド」という考え方もその結果だ。だからこその米国企業の復権なのだ。
アップル、グーグル、フェイスブック、ツイッターなどなど。この20年ほどで世界的企業になったのはそのほとんどがアングロサクソンの企業だ。表参道でアップルに近い場所にショールームを構えるダイソンも世界的大企業になる資格を持っていると思う。意外なところでダイソン製品を発見することが最近多い。そしてオバマ大統領は製造システムの中で3Dプリンターを使うことを年頭教書で強調し、金融など多角的事業を運営してきたGEは最近、本業である製造業への回帰を発表した。
枠組みの技術としてのITをもっとうまく使わなければ、ガラケーが消えるがごとく、私たちの身の回りからも日本製品、そのサービスが少なくなっていく危険性がある。スマホが既にそうだが、これからは車も家も何かもITシステムの一部になる。「Internet of Things」(IoT)とはそういうことだ。システム、仕組みそのものが商品でありサービスとなる。日本が得意とするような個々の製品は、システムの一部になり得るだけだ。米国はこれを「Industrial Internet」と呼んでいる。英国からもダイソンとは別の、有力な存在感を持つ製造業の企業が出てきそうな気がする。(続)