1. 金融そもそも講座

第131回「各国経済の強さと弱さ PART8(欧州編)」日本を下回ったドイツ国債利回り / デフレ下の欧州

前回は2015年1月22日に発表された「欧州版QE(量的金融緩和)」について書いた。この措置は目に見える二つの大きな変化をもたらした。一つは欧州における長期金利の大幅な低下。もう一つはドイツを先頭に、欧州各地の株式市場で株価が急騰し、その後も世界のマーケットを先導するような強さを維持していること。マーケット周りではQEは即効性があったといえるし、それは欧州経済にとって数少ない朗報だと思う。

日本を下回ったドイツ国債利回り

欧州版QE開始から約1週間後の1月末を見てみよう。なんとドイツ国債の利回り(指標10年債)が日本国債の利回りを下回ったのだ。これは世界の金融市場にとって大きな変化だ。1月末の先進主要国の指標10年債の利回りは以下の通りである。右側(日本時間1月8日夜)は私がたまたま各国利回りを採取した1月8日のデータで、当然ながら欧州版QE発表以前のものである。いかに欧州だけでなく先進主要各国の長期金利が下がったかを示すために参考掲示する。

  1月末の世界の長期金利 日本時間1月8日夜
U.S. 10yr 1.644% 1.996%
German 10yr 0.269% 0.493%
Italy 10yr 1.580% 1.897%
Spain 10yr 1.450% 1.705%
U.K. 10yr 1.335% 1.634%
Japan 10yr 0.282% 0.289%

ドイツのそれは0.269%と日本の0.282%を下回っている。2月に入っても、ドイツの長期債の利回りの方が日本のそれより低い状態がしばしば現出している。私の記憶をたどっても、過去にあったのかなかったのか分からなかった。少しデータを調べてもなかなかはっきりしない。データの継続性に問題があったりするためで、出てきた結論は「80年代半ば以降で初めてではないか」ということ。つまり過去にあったとしても30年ぶりということになる。

この表を見ると、ドイツに限らず欧州の債券利回りが軒並み大きく低下しているのが分かる。ドイツのようにほぼ半減しているケースは例外だが、イタリア、スペインなど欧州危機の際には債券利回り急騰が話題になった国でも大幅な低下だ。この債券利回り低下もあって、共通通貨ユーロの対ドル、対円でのレートが一時急落した。

デフレ下の欧州

QEという思い切った措置以外にも、欧州の長期金利を押し下げる材料には事欠かない。EU統計局は1月30日に「1月のユーロ圏の消費者物価指数(速報値)が前年同月に比べて0.6%下落した」と発表した。下落幅は昨年12月に比べて0.4ポイント拡大。ユーロ圏の消費者物価の下落は2カ月連続だ。1月はエネルギー分野が前年同月に比べて8.9%と実に大きな落ち込みとなった。エネルギーを除いた指数でも0.4%の上昇にとどまり、上昇幅は前月から0.2ポイント縮小した。

ECB(欧州中央銀行)のインフレ率目標は2%弱の上昇なので、「今の欧州はデフレ状態」と言っても過言でない。欧州版QEはこのデフレに対する措置の一環として、債券利回りを引き下げる効果があったといえる。それに先立ち、ドイツ連邦統計局は1月29日に「同国の1月の消費者物価(EU基準)が前年同月に比べて0.5%下落した」と発表していた。09年10月以来のマイナスだった。

欧州が直面している「低インフレ率」は、世界が共通して直面している「原油安」の影響が大きいため、今後、原油相場の反発過程の中で物価がプラス圏に戻ることもあり得る。しかし今の世界を見渡すと、「欧州が最もデフレ現象が顕著に出ている」ことは確かである。

株価は急騰

もう一つ欧州で明確に出てきたトレンドは株高だ。日本や米国の株価が足踏みを続ける中で、ドイツの株式を中心に欧州の株価は上値追いに入った。ドイツの株価はこの数カ月の安値ではDAX(ドイツの代表的株価指数)で8000近くにあったが、今は11000に接近する勢いであり、ほぼ連日史上最高値を更新している。

株価が好感しているのは、欧州版QEで潤沢な資金が経済に供給され、そのかなりの部分が株式市場に流れるとの見方が強まったことだ。特にドイツのように多様で強力な輸出産業を抱える国にとっては、QEの開始と同時に始まったユーロ安が輸出産業を振興するとの見通しが立つ。今のドイツなど欧州の株価上昇を見ると、黒田バズーカが二回放たれたときに日本の株式市場が示した反応を思い出す。むろん日銀のように「株価の上昇→個人消費の増大」という回復経路をECBが公表しているわけではない。

株価の上昇は消費者にとっての良いシグナルであるし、企業も資金環境が改善するので間接的ながら欧州経済の活性化には役立つと思われる。ECBが直接的に狙っているのは「銀行の対企業融資の増大→それによる雇用の増加・賃金のアップ」だろうが、なかなか思ったとおりにはいかない。それは日本でも同じことであり、株価上昇は欧州版QEの一つの成果といえる。

しかし欧州全体を見ていると、ドイツなどEUの北の国々の株式市場に比べて、イタリアやスペインの株式市場の上げ幅は少ない。ドイツに近いフランスの株価は、上値を追っているが史上最高値にはほど遠い。新値更新が続くドイツとは違うのだ。ましてやギリシャでは時に大きく下落している。1月末の総選挙で政権の座に着いた急進左派連合中心のツィプラス連立政権が、対EU、対ユーロなどの経済政策の骨格を決めるプロセスにあり、関係各国や機関との話し合いをまだ続けている段階だからだ。

株価の上げのペースを見ても、EUの北と南では大きな格差がある。そこが欧州の抱える大きな問題の一つで、それはなぜかという「構造的問題」について次回から取り上げたい。(

ご注意:本コラムは、上記掲載日から1ヵ月程度前に伊藤洋一氏が執筆されたものです。
閲覧される時期によっては、現状に即さないことも予想されます。また、内容には仮定に基づいた記述も含まれます。ご了承ください。

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