欧州各国は対ロシア戦時モードに突入した?
昨年(2025年)来、国際情勢の「きな臭さ」が強まりつつあります。米国が仲介役を務めるウクライナとロシアの和平協議が進展しないなか、ロシアは欧州各国におとり型ドローン(無人機)などを飛ばして揺さぶりをかけ始めました。ロシアが数年以内に欧州を攻撃しかねないという分析もあり、しばらくは緊張状態が続きそうです。
Q.欧州がロシアへの警戒を強めているのはなぜですか?
日本では2025年11月に、高市早苗首相が台湾有事を巡って「存立危機事態になり得る」との国会答弁を行い、これに中国が猛烈に反発。自国民に日本への渡航自粛を呼びかけたほか、同12月には中国軍機が日本の自衛隊機にレーダーを照射する事件も発生しました。中国側の真意は読みづらいものの、表向きは両国間の緊張が急速に高まっています。
それ以上に事態が切迫しているのが欧州です。欧州連合(EU)は25年12月、ロシア産の天然ガス輸入を「2027年11月までに恒久的に停止する」ことで大筋合意しました。22年にロシアがウクライナ侵略を開始する以前は、需要全体の5割近くをロシア産ガスに頼っていたEUにとって、今回の決定は相当に重いものです。
背景には、ロシアに地理的に近い欧州がウクライナ支援の前面に立つべきだと主張するトランプ米大統領の要求に応え、同氏を和平協議につなぎとめる狙いがあるようです。しかしながら、米国のロシアに対する姿勢は強硬と融和を行き来しており、和平協議の仲介役として軸が定まっていないのが現実です。
一方でロシアのプーチン大統領は、米国の煮え切らない態度をなかば見透かしたかのように、執拗な嫌がらせを通じて北大西洋条約機構(NATO)への揺さぶりを強めています。25年9月以降、ロシアの爆弾を搭載しない「おとり型ドローン」がポーランドやルーマニア、デンマーク、ドイツなど複数のEUおよびNATO加盟国に飛来しました。
ロシアはバルト海での海底ケーブル切断や、周辺国の選挙時における情報操作、各種のサイバー攻撃にも関与したことが疑われています。従来型の攻撃とこれらを組み合わせた戦いを「ハイブリッド戦争」と呼びますが、欧州はまさしく現在、ハイブリッド戦争の脅威にさらされているわけです。
NATOのマルク・ルッテ事務総長は25年12月に、「ロシアが今後5年以内にNATO加盟国を攻撃する可能性がある」と強い警告を発しました。デンマークやドイツの情報機関からも、ロシアが数年以内に欧州を攻撃しかねないという分析が出てきており、欧州各国はすでに戦時モードへ突入した感さえあります。
例えばドイツでは18歳の男子全員に適正検査を義務付ける新たな兵役制度を導入し、連邦軍の兵士を現在の18万人から今後10年で26万人程度に増やす計画です。クロアチアは2026年から徴兵制を18年ぶりに復活させますが、女性も任意で参加可能となります。
戦争は市民にさまざまな病気をもたらす原因に
ウクライナ侵略で手いっぱいのはずのロシアが、なぜNATOにまで手を出そうとするのでしょうか。NATO加盟国の首脳は、「圧政(独裁体制)を維持するためにロシアは外的をつくる必要がある」と説明しています。特に東西冷戦で欧米に負けたことを屈辱と感じるロシアにとっては、民主主義や法の支配など西欧の価値観を覆すのが悲願であり、その基本思想が消えない限り対立は終わらないといいます。
こうしたロシアの深層心理について、米国は本質的には理解できないのかもしれません。トランプ政権が25年12月に公表した「国家安全保障戦略(NSS)」では、ロシアとの戦略的安定の再構築が掲げられています。それはバイデン前政権の方針から転換し、ロシアとの対話に軸足を置くことを意味します。
移民政策や気候変動対策などでグローバリストを目指すEUを、米国はむしろ自国の国益に反するものと考えている節があります。このような欧州と米国による足並みの乱れを、ロシアが好機と捉えた場合には、実際にNATO攻撃もあり得るのかもしれません。
戦争は兵士や市民の生命を奪い、傷つけるだけでなく、さまざまな病気やその重症化をもたらす原因にもなります。順天堂大学の森博威准教授らはウクライナ保健省のデータベースなどを分析し、ロシアの侵略に伴ってウクライナでは結核を患う市民が増えたという研究結果を、英国の科学誌に論文として掲載しました。
ウクライナにおける人口10万人あたりの結核の発症者数は、ロシアが侵略する前の2021年は44人でしたが、23年には10%多い48.4人となっています。背景としては、まず戦争で食料が市民に十分行き渡らなくなり、栄養不足で免疫力が低下したことが考えられます。ロシアがミサイルなどで発電施設や水道を攻撃したため、検査やワクチン接種を担う医療機関の運営に支障が生じたことも影響しているもようです。
米国セントジュード小児研究病院などは、世界中の小児がん患者について1990年~2019年のデータを解析し、死者の約6割が武力紛争の発生地域で亡くなっていることを突き止めました。武力紛争が生じている地域の総人口は約5億人と、世界人口の1割以下に過ぎません。そこで過半の小児がん患者が亡くなっているという研究結果は、戦争が医療格差につながるという厳しい現実を示しています。
古今東西、いずれの国も領土や経済的利権、安全保障といった国益の維持・拡大を最優先事項に掲げます。しかし、いったん戦争が始まってしまったら、相手国はもちろん自国においても、市民の生命や健康が脅かされることとなります。
いま世界を見渡すと、国益のために多少の犠牲が出るのは致し方ないと考える指導者も少なくありません。過去にどれだけ悲惨な戦争を繰り返しても、人類はこうした考え方を完全に払拭することはできないようです。非常に残念ながら、今後も世界中の市民が国家間のパワーバランスに翻弄される日々は続きそうです。(チームENGINE 代表・小島淳)