アクティブ運用かインデックス運用か、という不毛な議論
世の中には「エビデンス(根拠)」がはっきりしない問題も数多く存在します。個人の長期的な資産運用についてもしかり。株式投資信託はアクティブ型とインデックス型のどちらを選ぶべきか、運用成果や運用効率の優劣を競う議論が盛んですが、そもそも比較の対象が曖昧なことを考えると、この議論自体が不毛と言えるのかもしれません。
Q.エビデンスが明確でない問題とは、例えばどのようなものですか?
近年は何かにつけてエビデンスが重視される傾向にあります。物事の判断や決定にあたっては、統計データなどに基づく科学的な根拠、裏付けが必要というわけです。しかしながら、世の中には明確なエビデンスが得られない問題も多いのが現実です。
政府の地震調査委員会は今年(2025年)9月26日、南海トラフ地震が今後30年以内に発生する確率について「60~90%程度以上」「20~50%」という2つの想定を示しました。従来は80%程度としていましたが、使用データに誤差があるとの指摘を踏まえて計算の見直しを図ったほか、新たに別の予測手法も採用して低い方の数値を算出。「科学的に優劣はつけられない」という認識のもと、2つの確率を併記するに至ったようです。
地震予知が事実上、不可能だとはいうものの、20%から90%以上までの幅広い確率予測を示されて、私たちはいったい何をどう考えればいいのでしょうか。科学的にはこうした表現が正しいとしても、一般市民を混乱させるようなエビデンスでは、防災に向けた意思決定がかえって難しくなりそうです。
数年前のコロナ禍においては、人流の「8割削減」やウイルスの感染力を巡って、科学と政治が対立する場面がたびたび見られました。そもそも新型コロナウイルス感染症に関する科学的知見が乏しいことから、当時は何を決めるにしても「エビデンスらしきもの」をとりあえず設定し、試行錯誤するしかなかったのが実情と言えます。
例えば「ソーシャルディスタンス」は国によってまちまちで、日本では2m(最低1m)と定められた一方、米国では1.8m、オーストラリアでは1.5mという距離が採用されました。これについて農業・食品産業技術総合研究機構(農研機構)農業環境研究部門上級研究員の永井孝志氏は、共著『世界は基準値でできている』のなかで以下のような内容の解釈を展開しています。
――くしゃみや咳、会話により発生する飛沫のなかで大粒なものが飛ぶのは1~2mという従来の知見と、現実的に離れることができるのは2mくらいが限度だろうという実行可能性を組み合わせてできたのが、ソーシャルディスタンスではないだろうか。あとは国や地域によって1~2mの間のどこに境界線をもってくるかが違うだけ――
インデックス型投信も銘柄選定に恣意的な判断が働いている
資産運用の世界では以前から、個人が株式投資信託を使って長期運用を行う際に、アクティブ型とインデックス型のどちらを選ぶべきかが議論の的となっています。これについてもエビデンスは不明瞭と言うことができるでしょう。
アクティブ型は投資家にとっての運用コストが相対的に高いため、長期的な運用成果はインデックス型より劣るケースが多くなる、というのが一般的な説明です。過去10年程度の運用成績を見ると、国内外を問わず、アクティブ型投信の7~8割程度がインデックス型投信に負けているという指摘もあります。
一方で、インデックス型は投資対象となる銘柄が玉石混交なうえに、相場追従型の運用にならざるを得ず、アクティブ型より非効率という説明も聞かれます。場合によっては成長性の高い銘柄を安値で売ったり、成長性の低い銘柄を高値で買ったりする必要があり、それが機械的に運用するインデックス型の弱点というわけです。
金融庁の「資産運用業高度化プログレスレポート2021」では、アクティブ運用を行うとしながらも実質的にはインデックス運用に近い投資信託(クローゼット・トラッカー=隠れた市場追随者)の存在が問題視されました。それらを除外すれば、アクティブ型投信のインデックス型投信に対する勝率は上がると言われていますが、クローゼット・トラッカーを客観的に特定することは難しいため、真偽のほどは定かではありません。
インデックス(株価指数)については、例えば東証株価指数(TOPIX)や日経平均株価を「日本株市場の平均値」と捉えている人も多いのではないでしょうか。しかし、本稿で過去に何度か紹介したように、インデックスはすべての上場株式を対象にしているわけではありません。今年10月末時点で日本の上場企業は約4000社ありますが、TOPIXはそのうち1673銘柄を、日経平均株価は225銘柄を選んで指数化しているに過ぎないのです。
TOPIXに連動するインデックス型投信は1673銘柄を対象として、日経平均株価に連動するインデックス型投信は225銘柄を対象として、それぞれアクティブ運用を行っていると考えることもできます。これらの運用成績をアクティブ型の日本株投信と比較する場合には、インデックス運用vs.アクティブ運用ではなく、いわばアクティブ運用同士を比較することになるわけです。
インデックス型の日本株投信は株価指数のルールに基づいて、組入銘柄の入れ替え頻度が半年に一度程度と低くなるため、もちろん純粋なアクティブ型投信とは「アクティブ」の意味合いが異なります。とはいえ、少なくとも銘柄選定に人間の恣意的な判断が働いていることは事実であり、株式市場全体の平均値を反映していないことも確かです。
アクティブ型投信のなかには限りなくインデックス運用に近いものも含まれており、インデックス型投信はアクティブ運用の要素を完全に排除しているわけではない――。このように、そもそも比較の対象が曖昧であるならば、運用成果や運用効率によって両者に優劣をつけようとする議論は、それ自体が不毛と言えるのかもしれません。(チームENGINE 代表・小島淳)