ロシアによるウクライナ侵攻は、世界の経済・社会にどのような影響を及ぼしますか?(後編)
日本では、電気代やガソリン価格の上昇幅が20.5%と、大幅上昇となりました。今後は資源高と円安による輸入価格の上昇が、国内の物価をさらに押し上げることも懸念されます。同時に、ロシアよりもはるかに影響力のある中国発の地政学リスクにどう対応するのか、その難しさも浮き彫りになりました。
日本の物価上昇率は2%へ向かう見通し
ロシアとウクライナの間では、これまで数回にわたって断続的に和平交渉が進められていますが、いまだ停戦合意への道筋は見えてきません。経済的な影響がさまざまな形で世界に広がるなか、その余波は物価高という形で日本の家計にも影を落とし始めています。
総務省の発表によると、日本の消費者物価指数(生鮮食品を除く)は今年(2022年)2月に前年同月比0.6%の上昇を記録しました。新型コロナウイルス禍に見舞われる前の20年2月以来、2年ぶりの大きな伸び幅です。なかでも電気代やガソリンなど「エネルギー」の上昇幅は20.5%に達しており、第2次オイルショックで原油価格が高騰していた1981年1月以来、実に41年1カ月ぶりの大幅上昇となっています。
注意したいのは、2月11日までに多くの品目で物価動向の調査が終わっていたこと。そのため、ロシアがウクライナに侵攻した24日以降における原油や小麦などの価格急騰は、2月の指数には十分に反映されていません。すなわち現状としては、日本国内ですでに物価上昇の傾向が高まっていたところへ、ウクライナ情勢が追い打ちをかけていると言えるわけです。
資源エネルギー庁が発表した3月14日時点のレギュラーガソリンの全国平均小売価格は、1リットル175.2円と10週連続で上昇し、13年6カ月ぶりの高値水準となっています。農林水産省は3月9日に、国が輸入して製粉会社などに売り渡す小麦の価格を、4月から前半期(21年10月~22年3月)に比べて平均17.3%引き上げると発表しました。価格は1トン7万2530円(5銘柄平均)で、現行の算定方法となって以降では08年10月~09年3月に次ぐ過去2番目の高さとなります。
3月22日の外国為替市場では一時、円・ドル為替相場が1ドル121円台をつけて、ほぼ6年ぶりの円安水準となりました。今後は資源高と円安による輸入価格の上昇が、国内の物価をさらに押し上げることも懸念されます。日銀の黒田東彦総裁は18日の記者会見で、消費者物価の上昇率が4月以降に2%程度となる見通しを示しています。
将来的には「中国離れ」が大問題になる?
企業の間では「ロシア離れ」の動きが広がっています。例えばファーストリテイリングはロシアにある「ユニクロ」全50店について、事業の一時停止を決定。トヨタ自動車やホンダなどの自動車メーカーも、物流の混乱などを理由に現地生産や輸出の一時停止を相次いで発表しました。
帝国データバンクによれば、今年2月の時点でロシアに進出する日本企業は347社と、13年に比べて6割増加しています。欧米企業にはロシア事業から撤退するケースも出てきており、紛争がこのまま長期化した場合、日本企業も撤退を視野に入れざるを得なくなる可能性があります。日本にとってロシアは世界で17番目の貿易相手国にあたり、日本企業の世界的な事業展開に占める割合はさほど大きくないとはいえ、業績への影響はある程度、避けられないでしょう。
日米欧の各企業がロシア離れに動く背景には、ロシアへの経済制裁で現地生産や商品の配送などが困難なことに加えて、ロシア事業を続ける企業への風当たりが強くなっているという事情があります。近年ではESG(環境・社会・企業統治)投資においても、強制労働などを含む人権問題への意識が高まっています。ロシアの行動をウクライナへの人権侵害として非難する声が圧倒的に多いなか、企業にとっては人権問題に目をつぶって事業を継続することが重大なリスクになるというわけです。
この問題を突き詰めていくと、さらにやっかいな問題に行き着きます。仮に今後、中国発で地政学リスクが高まった場合、世界は「中国離れ」を進めることができるのかという問題です。中国もまたロシアと同様に強権主義が目立つ国家であり、人権侵害や環境破壊について世界中から強い批判を受けています。
欧米などが今回、ロシアに対して従来になく厳しい経済制裁を科したのは、中国へのけん制という意味合いも大きいようです。14年のロシアによるクリミアの強制編入、さらに20年の中国による香港国家安全維持法の施行に際して、世界の民主主義陣営は結局のところ、それらを半ば容認する形となりました。次に危惧されるのは、中国が台湾の併合をめざして軍事侵攻などの実力行使に踏み切る可能性でしょう。
国際社会で孤立を深めるロシアの現状は、中国の習近平(シー・ジンピン)国家主席にとって反面教師となることは確かです。しかしながら、中国経済はロシアに比べると、規模の面でもグローバルな影響力の面でもはるかに巨大です。いざ有事となったとき、日米欧が中国に対してロシアと同じような制裁措置をとれるという保証はありません。
専門家のなかには1990年代以降の世界的な低インフレについて、東西冷戦の終結と中国などの工業化による「平和の配当」だったという指摘があります。今回のウクライナ情勢には、経済をめぐる強権陣営(ロシア)と民主主義陣営の我慢比べという側面も見られます。もしも、その先に中国との対立や駆け引きも控えているのだとしたら、物価の高止まりをはじめとして、世界の経済的な苦難はこれから長く続くことになる気がします。