日銀の利上げ再開後は、そのペースに注目が集まる
日本国内では今年(2025年)もインフレ傾向が続いています。一方で日銀は1月に利上げを実施して以降、追加の利上げは見送ってきました。物価判断が一部の品目や一時的な要因に左右されないよう、日銀ならではの工夫があるようですが、金融政策が後手に回る懸念も指摘されています。利上げ再開後はそのペースにも注目が必要です。

Q.日本国内で食料品の価格上昇が続いているのはなぜですか?
総務省が発表した今年8月の消費者物価指数(CPI)は、総合指数が前年同月比2.7%の上昇となりました。上昇率は2024年12月から今年7月まで8カ月連続して3%以上を記録していましたが、ここにきて物価上昇には若干の歯止めがかかった格好です。ただし、CPIを構成する10大費目のなかで、例えば「食料」は前年同月比7.2%の上昇となっており、家計にとって負担の大きい状況は続いています。
新型コロナウイルス禍から始まったインフレ局面を振り返ると、当初は円安進行に伴う輸入物価の上昇が、食料品などの価格上昇をもたらす側面が大きかったと言えます。最近では、企業が人件費や物流費などの上昇分を躊躇なく販売価格に転嫁する動きが目立ちます。
帝国データバンクによると、主要な食品メーカー195社における家庭用を中心とした飲食料品の値上げ品目数は、今年7月が2105品目、8月が1010品目、9月が1422品目となっています。今年の値上げは11月までの公表分で累計2万34品目に上り、すでに24年の実績を60%上回っているほか、25年の通年では飲食料品の値上げラッシュが本格化した22年(2万5768品目)の水準に並ぶ可能性があるといいます。
都道府県ごとに決める2025年度の最低賃金は、全国加重平均が過去最高の時給1121円となりました。24年度の1055円から66円増という過去最大の引き上げ額で、これにより食料品などの価格はさらに上振れする懸念が高まっています。
飲食料品を販売するスーパーやコンビニエンスストア、飲食店などはパートやアルバイトの比率が高く、特に最低賃金引き上げの影響を受けやすいと考えられます。人件費の価格転嫁を積極的に進める傾向が強まるなか、専門家の間からは「日本特有の食料偏重型インフレが長期化するリスクがある」といった声も上がっています。
日銀は「ビハインド・ザ・カーブ」に陥っていないか
物価は基本的に国内の経済活動が活発なら上昇しやすく、停滞気味なら下落しやすいという性質があります。そのため物価は「経済の体温計」と呼ばれ、国が金融・経済政策を進めるにあたっては、物価動向をどのように読み解くかが大きなカギとなります。
例えば日銀は物価安定の目標に2%の上昇率を掲げており、物価上昇率が2%より高くなると、利上げなどの金融引き締めに動く可能性が高まります。しかし、前述したように3%以上のCPI上昇率が続くなかでも、日銀は今年1月を最後に利上げは見送ってきました。直近の9月に開催された金融政策決定会合においても、政策金利を現状の0.5%で据え置いています。これはどういうことなのでしょうか。
日銀は物価の動向を「基調的な物価上昇率」に基づいて判断します。支出額の多さも加味した消費者物価の加重中央値などを参考にしながら、物価判断が一部の品目の大きな値動きに左右されにくい工夫を図っています。円安による原材料価格の上昇や、悪天候による野菜価格の高騰などは、一時的な要因と見なして物価上昇率に組み込みません。こうした要因を除くと、現状の基調的な物価上昇率は1%台にとどまるというのが日銀の分析です。
確かに従来はこうした考え方が妥当だったと言えます。天候要因などで生鮮食品の価格が上下するたびに金利を変えていたのでは、経済を混乱させることになるからです。ところが近年、生鮮食品の価格上昇は一時的とは言い切れなくなってきました。
CPIのうち「生鮮食品指数」と「生鮮食品を除く総合指数」を比較すると、1980年代から2010年代初頭にかけて、両者はほぼ同じトレンドを描いてきました。それが2010年代前半ごろから前者の上昇が大きくなり、後者との乖離が目立つようになっています。地球温暖化の影響で猛暑や豪雨などが増え、生鮮食品に恒常的なインフレ圧力がかかっていると考えられます。従来の日銀の方法では、昨今のインフレ基調を過小評価する恐れがあるかもしれません。
サービス価格についても動向判断には注意が必要です。飲食店やホテルなどのサービスは、コストに占める人件費の比率が高いのが特徴ですが、そこには人手不足に伴う隠れた値上げが潜んでいる可能性があります。
例えば飲食店で料理の提供に多くの時間がかかるようになれば、価格は同じでも顧客の満足度が落ちるため、実質的な値上げと捉えることができます。モノの場合は価格が変わらなくても内容量が減ると、「ステルス値上げ」としてCPIでも値上げと見なされますが、サービスの水準低下はCPIに反映されません。表面に出る数値以上に、実際は価格上昇が進んでいるケースも考えられるわけです。
日銀が経済状況の変化に対して後手に回る「ビハインド・ザ・カーブ」に陥っているのではないかという指摘もあります。FRB(米連邦準備理事会)では2022年に、それまで一時的な現象と見ていた物価上昇が収まらず、金融政策を引き締め方向に急転換しました。急ピッチな利上げによって米国の政策金利は22年内だけで0.25%から4.50%まで上昇し、23年春にはシリコンバレー銀行が経営破綻するなど、その副作用が問題視されました。
日銀の植田総裁は現時点で、米国の関税政策が日本の経済・物価に及ぼす影響を注視するとともに、食品インフレが見通しどおりに収まるかどうかも丹念に点検したい意向です。市場関係者の多くは今年10月にも日銀が追加利上げに踏み切ると見ているようですが、焦点は早晩、その後の利上げペースに移っていくと思われます。(チームENGINE 代表・小島淳)