ペットやAIは理想的なパートナーになり得るのか?
日本では年間のペット新規飼育数が人間の出生数を上回り、感情を共有できる相手としてAI(人工知能)を頼る人も増えています。いわば新たな「心の拠り所」として存在感が高まっているわけですが、AIについては過度な依存の弊害も指摘されており、いかにバランスよくコミュニケーションを図れるかが問われることになります。
Q.犬や猫などペットの飼育数が増えている背景について教えてください。
「コミュニケーションの相手として最も信頼できるのは誰ですか?」と問われたら、多くの人は家族や親友、恋人などの名前を挙げるのではないでしょうか。しかし、現代社会においては必ずしもそうとは言い切れないかもしれません。
厚生労働省の「人口動態統計」によると、2024年に生まれた日本人の子どもの数は68.6万人でした。一方で、一般社団法人ペットフード協会の調査によれば、24年にはペット(犬・猫)の新規飼育数が80.3万匹となっており、人間の出生数を2割近く上回っています。
ペットの新規飼育数が人間の出生数を上回るようになったのは、新型コロナウイルス感染症が広まった2020年からで、巣ごもりやリモートワークの増加など、日本人のライフスタイルの変化がペット需要の高まりにつながったと考えられます。ただし、総数でみると2003年からペットの飼育数が15歳未満の子どもの数を上回る状況は続いており、24年はペット飼育数が1595万匹、15歳未満人口が1383万人でした。
ペットフード協会の調査では、ペットを飼いたいと望む理由は「生活に癒やし・安らぎが欲しい」が犬・猫とも4~5割で1位となっています。「愛情をかけて世話をする対象が欲しい」も15%前後と上位を占めており、ペットに家族としての絆やコミュニケーションを期待する人も多いことが分かります。
中央大学文学部教授で家族社会学が専門の山田昌弘氏によると、日本でペットが家族の一員として扱われ始めたのは1990年代からで、背景には社会構造の変化があると言います。離婚や単身世帯、高齢者の一人暮らしが珍しくなくなり、家族がいない人や、いても不満を感じる人が増えた結果、ペットが「理想の家族」の投影先になったというわけです。
ペットの存在は健康面にも好影響を及ぼします。今年(25年)に国際学術誌で発表された英国の研究においては、犬や猫の飼育がウェルビーイング(心身の健康と幸福)にプラスに働くと指摘されています。金銭換算すると年収で約1300万円分の増加に匹敵し、結婚と同等の価値があるとのこと。
東京都健康長寿医療センターの研究では、犬を飼う高齢者は認知症の発症リスクが約4割、心身の機能が衰えるフレイル(虚弱)のリスクが約2割、それぞれ低くなっていました。犬や猫などペットの飼い主の介護保険サービス利用費は、飼っていない人の約半分にとどまっています。ペットを介して近所との交流が増えるなど、社会とのつながりを持ちやすい側面もあり、「ともに生きるパートナー」としてペットの果たす役割は想像以上に大きいと考えられます。
人々の感情移入がAIへの過度な依存につながるケースも
人々がコミュニケーションの相手として対話型AIを頼りにするケースも増えています。ビジネスピープルがAIとのやりとりを通じて仕事上のアイデアを形にしたり、小さな子どもを持つ母親が育児の悩みや愚痴を打ち明けてAIに慰めてもらったりと、その活用法はさまざまです。
米オープンAI社が2022年11月に公開した対話型生成AIサービス「ChatGPT」は、機械学習を通じて膨大なデータを学び取り、自然言語処理という技術によって人が使う言葉の意味を理解して、ユーザーの質問に対する回答文をつくり出します。グーグルやマイクロソフトも同様のサービスを投入して開発競争が進むなか、対話型AIを日常的に利用する人の数は加速度的に増えつつあります。
24時間いつでも対話できる手軽さや応対の自然さから、ユーザーがAIに感情移入するケースも多いようです。電通の調査によると、対話型AI利用者の64.9%が「気軽に感情を共有できる」と答えており、その割合は「親友」や「母親」に匹敵する大きさです。
欧米では人々の感情移入がAIへの過度な依存につながるケースも目立ち、判断を誤ったり、孤独を深めるといったリスクが社会問題になっています。ベルギーでは2023年に、妻子ある30代の男性研究者が対話型AIアプリ上の架空の女性と6週間やりとりした後、自殺したと地元紙が報じました。AIは男性に「私たちは一人の人間となって天国で一緒に生きていく」と語りかけていたそうです。
今年8月には、16歳の少年が自殺したのはChatGPTとの対話が原因だとして、米カリフォルニア州の両親がオープンAIと同社の最高経営責任者(CEO)を提訴したと米メディアが報じました。少年は数カ月にわたってAIに悩みを相談したり、自傷行為の方法を尋ねたりしていたもようです。
早稲田メンタルクリニックの益田裕介院長は、孤独や不安を抱える人や社会に怒りを感じている人はAIに依存しやすく、AIへの依存によって人と話す機会が減り、ひきこもりを助長する恐れがあると指摘します。益田氏によれば、対話型AIを利用する際には基本的な仕組みを理解することはもちろん、心身が不安定な時には使用を控える、意思決定を委ねない、複数の対話型AIを使うといった点にも注意が必要となります。
形だけの家族や友人を演じるぐらいなら、ペットやAIに「心の拠り所」を求めようという気持ちは分からないでもありません。しかしながら、それは裏を返せば他人と信頼関係を築くことの難しさや、孤独に耐えられない寂しさの表れであり、それらを手っ取り早く克服しようとする安易さも透けて見えるような気がします。
家族や友人からペット、AIまで、すべてとバランスよくコミュニケーションを図れる生活が望ましいことは、言うまでもないでしょう。(チームENGINE 代表・小島淳)