日本経済は今後、どのような方向を目指すべきなのでしょうか?(前編)
持てるお金が増えても経済活動には結びつかない
内閣府の統計によると、今年(2016年)4月~6月期における日本のGDP(国内総生産)は、物価変動の影響を除いた実質で前期比0.2%のプラスでした(年率換算では0.7%のプラス)。実質GDPの推移をさらに1年前まで遡ると、15年4月~6月期がマイナス0.5%、7月~9月期がプラス0.5%、10月~12月期がマイナス0.4%、16年1月~3月期がプラス0.5%となっています。
こうした不安定な数字をみる限り、日本経済はいまだにデフレや低成長から完全には抜け出せていないと考えるのが妥当でしょう。しかし、だからといって日本が国家としてお金を稼げなくなったわけではありません。同時期のGNI(国民総所得)は15年4月~6月期がプラス0.3%、7月~9月期がプラス0.4%、10月~12月期がプラス0.1%、16年1月~3月期がプラス0.6%、4月~6月期がプラス0.5%(年率換算2.4%)となっています。
GDPが日本国内での経済活動を表すのに対して、GNIは日本人が国内外で稼いだ所得の合計にあたります。そのGNIが安定的に伸びていることや、個人金融資産が史上最高額を更新し続けて1,700兆円を超えたことなどから考えると、国家レベルでみた日本人の懐具合は、むしろよくなっているといえます。
一方で、日銀の金融緩和策が苦戦していることからも分かるように、日本国内では個人消費も物価も相変わらず低迷が続いています。総務省の「家計調査」によると、2人以上の世帯における今年8月の実質消費支出は前年同月比4.6%減少し、6カ月連続のマイナスとなりました。同じく総務省が発表した今年8月の全国消費者物価指数(除く生鮮食品)は前年同月比0.5%の低下となり、こちらも6カ月連続のマイナスです。
企業も過去最高水準の高収益を上げながら、余剰資金を積極的に投資や賃金に振り向けるのではなく、内部留保へ回す動きが目立ちます。日銀の資金循環勘定によれば、日本企業の現預金残高は15年末時点で246兆円に上っています。このうち流動性預金は143兆円強で、08年のリーマン・ショック後に約40兆円も増加しました。
日本では国民全体として「持てるお金」が増えているにもかかわらず、それが国内の経済活動にはほとんど結びついていないわけです。これではデフレや低成長が長引くのも当然ではないでしょうか。ただし、そのような現状を深刻な問題と捉えるかどうかについては、人によって意見が分かれるところかもしれません。
現時点よりも将来の懐具合を気にする日本人
例えば、日本はこれまで長引くデフレ不況や人口減にうまく適応してきたという見方があります。日本では企業が投資や賃金を抑制してデフレになった代わりに大幅な雇用調整は防ぐことができ、人口が減少傾向にあることから失業率もピーク時で5%台にとどまりました。不況が続くなかでも物価の低位安定によって生活コストの上昇が抑えられており、欧州のように深刻な移民問題もなく、相対的に社会は安定している、という見立てです。もちろん、だから現状維持でよいというわけではありませんが、このようにいわれると現状を過度に悲観する必要もないように思えてきます。
市場関係者を含む一部の人々の間では、世界で最も経済的に豊かな国のひとつであり、人口が減少に向かっている日本が、無理をしてこれ以上の経済成長を目指す必要はないのではないかといった声が聞かれます。いわゆる「脱成長・成熟社会」の議論です。
いわく、人間の幸福度はお金だけでは測れない、成長至上主義とは決別してもっと質素な暮らしを志向すべきだ、財政の健全化や経済的弱者も含めた適切な富の分配を実現して、より多くの国民が安心できる社会を設計しよう――など、そこではとかく哲学や思想めいたテーマが多く語られます。こうした議論の背景には、結果として経済格差の拡大を助長した安倍政権によるアベノミクスなどへの懐疑や反発もあるのかもしれません。
日本が成熟社会かどうかはさておき、日本人の消費生活が成熟期を迎えていることは確かでしょう。内閣府が今年6月に実施した最新の「国民生活に関する世論調査」によると、耐久消費財や食生活、住生活に関する日本国民の満足度は非常に高いことが分かります。レジャー・余暇生活や自己啓発・能力向上についてもまずまず満足しており、日常生活を取り巻く「モノ」や「コト」の充実度は高いとみることができます。
問題は、所得・収入や資産・貯蓄といった「カネ」の面では満足度が低いことです。一見するとこの調査結果は矛盾しているようにも思えますが、結局のところ、カネに対する満足度の低さは日本国民の将来不安を反映していると考えられます。極論するならば、私たち日本人は現時点の懐具合よりも将来における懐具合を気にしているわけです。
相対的に貧しい国からみればぜいたくな悩みかもしれませんが、日本経済の課題が「国民全般にわたる将来的な豊かさを担保すること」にあるのは明らかであり、その方法論を巡って試行錯誤が続いているというのが現状なのでしょう。次回も引き続き、方法論を中心にこの問題を考えてみます。