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いま聞きたいQ&A

日本経済は今後、どのような方向を目指すべきなのでしょうか?(後編)

賃上げが進まない背景には労働者側の都合もある

日本ではこのところ、雇用・労働環境が確実に改善へ向かっています。厚生労働省の統計によると、今年(2016年)9月の有効求人倍率(季節調整値)は1.38倍で、1991年8月の1.40倍以来およそ25年ぶりの高水準にあります。総務省の調査によれば、同じく今年9月の完全失業率(季節調整値)は3.0%となっており、完全失業者数は76カ月連続で減少しています。

それでも経済成長率が伸びず、個人消費も物価も低迷を続ける要因として、賃金が思うように上がらないことを問題視する声が多く聞かれます。とはいっても、政府が労働者の賃上げに対して冷淡だったり、企業が賃上げを必要以上に渋っているわけではありません。今年10月1日からはパートやアルバイトの最低賃金が全国平均で25円(約3%)アップし、時給823円となりました。これは過去最大の上げ幅にあたります。

問題の本質は、パートやアルバイトなどの非正規雇用に比べてフルタイム労働者(正社員)の賃金上昇ペースが鈍いという点にあります。過去3年の春闘では、政府による賃上げ要請を受けてフルタイム労働者のベースアップ(ベア=給与水準の底上げ)も実現しましたが、定期昇給部分を除くベア率はいずれの年も0%台の低いレベルにとどまっています。

ベア率の引き上げが進まない現状について、内閣府では以下の2つを主因として挙げています。

  • ●企業が「今後も日本経済の低成長が続く」と考え、雇用調整が困難なフルタイム労働者の賃上げに慎重になっている
  • ●企業が、一律のベアによる総人件費の増大を、将来的な利益圧迫要因と捉えている

これらはいずれも企業側の都合ですが、その一方で、労働組合が控え目な賃上げ要求しか出さないといった労働者側の都合も大きく影響しているといわれています。日本ではフルタイム労働者が企業独自の技能に特化してキャリアを形成するケースが多いため、現在の企業を離れると所得が大幅に減る懸念が高まります。例え自社が足元で高収益を上げていても5年先、10年先の企業競争力に自信が持てなければ、将来にわたる雇用継続への期待から賃上げ要求を手控えることもあり得るわけです

前編で紹介した内容に沿っていうならば、こうした雇用慣行こそ、日本がこれまで長引くデフレ不況や人口減にうまく適応してきた一因なのかもしれません。同時にまた、現時点の充足よりも将来の安定した生活を気にかけるという、私たち日本人の心理特性を象徴しているともいえそうです。

経済成長が国民の経済格差を広げるという結末も

安倍政権が取り組む「働き方改革」においても、引き続き賃金水準の引き上げが優先課題に挙げられていますが、賃上げが本当に個人消費の拡大や物価上昇、ひいてはデフレ脱却につながるかどうかは定かではありません。そこにはやはり人口減少という難題が立ちはだかるように思われます。

総務省が5年に一度実施している国勢調査の確定値によると、外国人を含む日本の総人口は15年10月1日時点で1億2,709万4,745人となり、1920年の調査開始以来、初めての減少を記録しました。75歳以上の後期高齢者人口は過去30年間で3.4倍に増加し、同期間中に4割減った14歳以下の人口を初めて上回る結果となっています。

少子高齢化の加速的な進行が、日本人の抱く将来不安に大きく関わっていることは間違いないでしょう。日本では現在、年金や医療をはじめとする社会保障の給付総額が年間116兆円に上っており、名目GDP(国内総生産)の4分の1近くにも達しています。財政赤字が拡大し続けている現実を踏まえると、国が増税や保険料増などの形で歳入を増やすか、社会保障費の大幅カットで歳出を減らすかといった選択を迫られる日もそう遠くないかもしれません。

いずれにしても、日本国民にとっては将来の豊かさをイメージしづらいのが本音ではないでしょうか。経済規模が現状維持の状態では、ある程度の賃上げが一時的に実現しても、それが継続するという保証はありません。むしろ将来的な負担増を意識して、またぞろ賃上げ分が貯蓄に回ることも考えられます。

安倍政権は17年4月に予定されていた消費税の再増税を延期しましたが、これは裏を返せば、日本国が経済成長すなわち経済規模の拡大によって財政再建を目指すことを意味します。少子高齢化が進む日本では労働生産性の向上や技術革新が成長のカギを握るといわれており、IoTやAI(人口知能)などの第4次産業革命に期待を寄せる向きが多いようです。

労働の現場で今後ますますデジタル化やIT化が進んだ場合、一部では省力化によって雇用が失われる可能性も指摘されています。現職にとどまれたとしても、いわば機械との競争によって賃金には低下圧力がかかることになります。こうした危惧を払拭するためには、スキルアップに向けた公的な職業訓練の充実や退職後の復職支援などを通じて、労働者が転職や離職を前向きに受け止められる環境を整備していく必要があるでしょう

「働き方改革」がそのように本来的な意味での雇用流動化を目指すのならば、経済成長を追求するために必要なプロセスのひとつとして評価できそうです。ただし、省力化を究極まで推し進めた社会では、「国民全般に行き渡る豊かさ」を期待するのは難しいかもしれません。いま一度、本格的な経済成長を目指すことが間違っているとは思いませんが、一方では日本国民の間でも経済格差が広がるといった結末も、ある程度は想定しておいた方がいいような気がします。

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