いま聞きたいQ&A

脱炭素に向けて重要鉱物の争奪戦が始まった!?

EV(電気自動車)などの製造に不可欠な重要鉱物は、供給が一部の国に偏っているのが特徴です。脱炭素へ向けて需要が大幅に増加するなか、先進国と産出国の間では争奪戦ともいえる状況が露呈してきました。価格上昇によるインフレ懸念も含めて、資源の確保に世界が振り回される状況は半永久的に続きそうです。

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Q.希少な重要鉱物の種類と需給状況を教えてください。

国際エネルギー機関(IEA)が今年(2023年)7月に初めて公表した試算によると、EVなどに使われる重要鉱物全体の市場規模は22年に3200億ドル(約45兆円)に達し、過去5年間で倍増しました。EVや太陽光発電などの普及に鉱物価格の高騰も加わって、30年にはさらに現在の2倍~3.5倍へ拡大するとIEAでは予測しています。

特に需要拡大が目立つのがリチウムで、22年の需要は5年前の17年比で3倍に膨れ上がりました。リチウムは軽いうえに電子を放出しやすいため、EVの車載電池を作るのに欠かせない材料となります。ほかにもEV向け電池の主要材料では、コバルトが7割、ニッケルが4割、それぞれ需要が増加しています。

こうした重要鉱物は、生産や加工を担う国が限られているのが特徴です。IEAや米地質調査所のデータによると、例えばリチウムの加工・精製は中国が世界全体の65%を占めています。コバルトは生産の約7割がコンゴ民主共和国、ニッケルは生産の約5割がインドネシアによるものです。

同じくEV向け電池に使われる材料のひとつで、炭素から成る鉱物のグラファイト(黒鉛)は生産の65%を中国が占めており、次世代半導体に用いられるガリウムも生産の98%をやはり中国が握っています。ネオジムなどのレアアース(希土類)は、EV用モーターや風力発電タービンに使われる永久磁石などの生産に不可欠な材料ですが、レアアース全体で見ると生産は68%が、加工は90%がそれぞれ中国に集中しています。

重要鉱物の供給が一部の国に偏っていると、有事の際にサプライチェーン(供給網)の分断リスクが高まります。IEAでは加盟30カ国を中心に、調達の多様化や新たな資源国への共同投資、リサイクル網の拡大などを検討していく方針です。

資源ナショナリズムvs 経済安全保障のせめぎ合い

一方で産出国側では、規制により資源を囲い込む「資源ナショナリズム」の動きが活発です。インドネシアは20年にニッケルの未加工品の輸出を禁止しましたが、今年6月には未加工のボーキサイト鉱石の輸出禁止にも踏み切りました。ボーキサイトはアルミニウムの原料になり、インドネシアは世界有数の産出国です。こうした決断の背景には、国内で精錬・加工産業を発展させて高付加価値化を図る狙いがあります。

メキシコは今年9月に中国企業が握るリチウムの利権を取り消し、リチウムの国有化へ向けて動き始めました。メキシコのリチウム埋蔵量は170万トンと世界のトップ10に入る規模を有しており、EVの市場拡大を見越して川上の需要を押さえておこうという戦略です。

「EV強国」の目標を掲げる中国は、今年8月にガリウムの輸出を許可制にしたほか、11月からはレアアースの輸出業者に種類や輸出先などの報告を義務付け、12月にはグラファイトの輸出も許可制にしました。許可制のもとでは、中国企業は当局の審査を経て許可を得ない限り輸出ができなくなります。

中国では今年に入り、複数の企業がEV電池材料の海外生産に合計1800億元(約2兆800億円)を投じると表明しています。外国政府関係者からは、中国が今後は重要鉱物の輸出先から外国企業を排除し、自国企業の海外工場を優先するのではないかと懸念の声が上がっています。

日本は多くの原材料を輸入に頼る資源小国であり、重要鉱物の枯渇や輸入の途絶に備えたリスクヘッジが欠かせません。民間企業がさまざまな新技術の開発に取り組んでおり、例えばレアアースを使わないネオジム磁石の製法や、使用済みのEV向け電池からコバルトやニッケルを取り出すリサイクル技術などが有力視されています。

産出国における鉱山開発にあたっては、これまで民間任せだったリスク投資を日本政府が引き受ける方針へと転換も進んできました。ただし、本格的に重要鉱物の確保を強化するためには、米欧のように政府が自動車メーカーにEV販売割合の目標を課すなど、脱炭素へ向けて明確な国家指針を示す必要があるという指摘も聞かれます。

実は、その米国が進めるEV推進策も一筋縄では行かないのが現実です。米政府は今年12月1日に、EV購入者への税優遇について24年以降、中国産の部材や鉱物を使った場合は対象外にすると発表しました。いわば脱炭素より「脱中国」を優先した格好です。

他方、米国内におけるEV普及ペースの鈍化を受けて、9~10月には全米自動車労組が雇用縮小の危機感から、ビッグ3(米自動車大手)に対してストライキを実施しました。11月には約3900の自動車ディーラーが、政府にEV推進策の修正を要求しています。中国産材料を使ったEVが除外されると税優遇の対象車種は減る可能性が高く、EV普及のペースはいっそう鈍ることが予想されます。

EVひとつをとっても経済安全保障や国内雇用などさまざまな問題がからみ合い、脱炭素の先行きは見通しづらいのが実情です。結局のところ、「大義より金が大事」ということかもしれませんが、脱炭素が想定どおりに進んでも進まなくても、世界経済にとってはインフレ懸念につながります。

EVや再生可能エネルギー発電の普及が順調に進んだ場合には、重要鉱物および銅やアルミニウムなど非鉄金属の需要が大きく増えて価格が上昇すると予想されます。普及が遅れた場合には、原油への依存が長引いて原油価格に上昇圧力がかかります。重要鉱物にかかわらず、さまざまな資源の確保に世界が振り回されるという状況は、半永久的に続くこととなりそうです。

ご注意:「いま聞きたいQ&A」は、上記、掲載日時点の内容です。現状に即さない場合がありますが、ご了承ください。