株主優待は企業の熱意が伝わってくる内容に注目したい
企業の株主還元策のなかでも、特に個人投資家を強く意識したものが「株主優待制度」です。個人に自社のファンになってもらい、株式の長期保有を促すことが本来の目的ですが、一部には異なる理由で株主優待を導入する企業もあります。銘柄選びにあたっては、優待を金額換算した際の利回りにこだわり過ぎない方がいいかもしれません。

Q.株主優待制度を導入する企業が増えているのはなぜですか?
企業が株主に自社製品や割引券などを贈呈する株主優待制度が、いま再び脚光を浴びています。野村インベスター・リレーションズ(野村IR)の調査によると、2024年に株主優待を新たに導入した上場企業は131社となり、17年の114社を上回って過去最高を記録しました。24年末時点の累計導入社数は1530社と5年ぶりに増加し、上場企業の4割が株主優待を設けている計算になります。
実は近年、株主優待の導入企業は減少傾向にありました。株主優待は配当と違って株主1人当たりに提供されることが多く、その内容が保有株式数と完全には比例しないケースも目立ちます。保有株式数が多い機関投資家から「個人に比べて恩恵が少なく不公平」との批判が根強くあったため、日本企業の間ではこのところ株主優待を廃止する動きが新設を上回ってきたのです。
風向きが変わった要因のひとつが、24年から始まった新NISA(少額投資非課税制度)です。個人の資金が新NISAを通じて株式投資に向かうなか、魅力的な株主優待の情報がSNSで拡散されるなどして、新規株主の獲得につながる効果が注目されるようになりました。逆に株主優待を廃止したり、優待の内容を改悪した企業については、株式が売られて株価下落を招く事例が増えています。個人株主をつなぎとめ、長期保有を促すうえでも株主優待を見直す気運が高まっているわけです。
株主優待には相場の下落時に株価を下支えする効果も期待できます。同志社大学大学院ビジネス研究科の野瀬義明教授らの研究によると、2008年のリーマン・ショック、11年の東日本大震災、20年のコロナショックのいずれの相場急落時においても、株主優待を導入している企業の株価騰落率は非導入企業を上回っていました。
根津アジアキャピタルのデービッド・スノーディ氏が行った検証では、24年8月に日本株が乱高下した際にも興味深い結果が得られています。8月の第1~第3営業日の期間で株主還元のタイプ別に個別銘柄の株価騰落率を市場平均と比較すると、株主優待の導入企業は2.6%、配当の実施企業は1.1%、自社株買いの実施企業は0.3%、それぞれ市場平均を上回っていました。株主優待による株価下支え効果がいかに大きかったかが分かります。
企業価値の判断・確認材料に加えて収益面の魅力も
それでは個人投資家にとって、株主優待はどのような意味があるのでしょうか。株主優待の内容は、外食・交通・レジャーなどの無料券や割引券から高級食材、衣服、日用品まで非常に多岐にわたります。企業の自社製品・サービスが提供される場合には、個人がそれらを受け取って実際に試してみることで、各企業の価値や魅力を判断したり、再確認するための材料となります。
さらに注目したいのが、インカムゲイン(資産を保有していることで得られる収入)としての意味合いです。株主優待を金額に換算したうえで、当該株式を1年間保有し続けた場合の利回りを計算したものが「優待利回り」です。この優待利回りと配当利回りの合計(総合利回り)が5%を超える銘柄も多く、円建て金融商品のなかでは魅力的なインカムゲインとなっています。
近年では株主優待の獲得のみを目的とした短期売買を防ぐため、企業が長期保有の株主を優遇するケースが増えています。前出の野村IRによれば、長期保有者向けの株主優待を導入した企業は24年末時点で636社と過去最高を更新しました。例えば警備大手のセコムは3年以上の継続保有株主を優遇しており、保有株式数が200株以上400株未満のグループでは、防災備蓄品の贈呈相当額が3年未満の7000円から8500円に増額されます。
株式投資の初心者が銘柄選びで迷った際には、株主優待に注目してみるのも一考かもしれません。日常生活で利用機会の多い、もしくは興味のある製品やサービスが受け取れることを重視するのもいいし、単純に優待利回りや総合利回りの高さで選んでもいいでしょう。ただし、企業が長期株主の獲得とは異なる目的で株主優待を導入する場合もあるので注意が必要です。
東京証券取引所は22年の市場再編時に、上場基準である「流通株式時価総額」などを見直しました。流通株式とは発行済み株式のうち自社や10%以上の大株主保有分、政策保有株などを除いたものを指します。新たな上場基準では、流通株式の時価総額がプライム市場は100億円以上、スタンダード市場は10億円以上となります。現在は経過措置期間として基準が緩和されていますが、経過措置は今年3月以降に順次終わり、各社の本決算期に合わせて新基準が適用されます。
このような事情から、上場基準を満たすために株主優待を新設したり、無理な優待内容を打ち出す企業が増えています。24年には年間3万円分のQUOカードを提供するなど、高額な金券の株主優待を新設する企業が目立ち、なかには優待発表時点の株価に基づく総合利回りが10%を超えるケースもありました。こうした高利回りの優待は企業として継続が難しいと考えられるため、短期間で廃止・縮小される可能性も否めません。
銘柄選びにあたっては、優待利回りにこだわり過ぎない方がいいのではないでしょうか。企業にとって株主優待の本来的な目的は「個人のファンづくり」です。その観点から見るならば、自社の製品・サービスをぜひとも体感してほしいという企業側の熱意が伝わってくる優待内容に、まずは注目すべきかと思われます。(チームENGINE 代表・小島淳)