インド経済の今後を左右する構造改革と製造業の育成
2027年には世界3位の経済大国となり、「人口ボーナス期」が2053年まで続くと言われるインド。その中長期的な成長ストーリーには海外からも熱い視線が注がれていますが、死角がないわけではありません。質を伴った雇用の創出に向けて労働集約的な製造業を育成するなど、先進国化への本気度が今後は問われることになります。
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Q.インドの金融市場について最新の動向を教えてください。
インドの債券市場には現在、多くの海外マネーが流入しつつあります。国立証券保管機関(NSDL)によると、2024年にはインド国債へ約170億ドル(約2.7兆円)が流入しました。きっかけは同年6月より、米JPモルガンが新興国債券指数「GBI-EM」にインド国債の組み入れを始めたこと。組入比率は10カ月かけて段階的に引き上げられ、最終的にはインドネシアやメキシコ、中国の国債と並ぶ10%に達する見込みです。
同様にインド国債が世界の代表的な債券指数に採用されるケースは続いています。米ブルームバーグは今年(25年)1月31日から、「新興市場自国通貨建て国債インデックス」へインド国債の組み入れを始めました。英FTSEラッセルも9月から「新興国市場国債インデックス」への段階的な組み入れをスタートする予定です。
例えばインドの10年物国債利回りは、このところ6.8%前後で推移しており、米国債の4.5%台などと比べても魅力的です。インド準備銀行(中央銀行)は24年12月の政策決定会合まで、11会合連続で政策金利を6.5%に据え置いてきましたが、今後は景気への配慮から利下げに転じる可能性も指摘されています。
利下げによって市場金利が低下すると、投資家にとっては保有債券の値上がり益につながります。指数採用に関連した流入に加えて、債券ファンドなど投資家の間でもインド国債に資金を分配する動きが本格化すれば、今後3~4年でインド債券市場へのマネー流入額が1000億ドルに達すると予想する専門家もいます。
一方で、インド株はここにきて調整色を強めつつあります。インドの代表的な株価指数であるSENSEXは24年9月に一時8万5978の過去最高値を記録し、20年3月に付けた直近の安値から3倍以上も上昇しました。しかし、その後は下落局面が目立つようになり、今年2月3日時点の終値では最高値からマイナス10%超の7万7186となっています。米ゴールドマン・サックスは24年10月に、インド株の投資判断を「オーバーウエート(強気)」から「ニュートラル(中立)」へ引き下げました。
インドの株式市場から投資マネーが流出し始めた背景には、景気に減速の兆候が見られることや企業業績の弱さ、ガバナンス(企業統治)に対する懸念など、複合的な要因が重なっていると考えられます。なかでもモディ首相と親密な関係にあるとされる新興財閥アダニ・グループを巡っては、不正会計やインド政府への贈収賄といった問題がたびたび浮上。海外投資家はインド企業のガバナンス体制に疑惑の目を向けています。
財政政策だけでは製造業の本格育成は難しい
それでも市場関係者は、人口増加など経済のファンダメンタルズ(基礎的条件)に基づくインドの中長期的な成長ストーリーは崩れていないと口をそろえます。
インドは14.5億人と世界最大の人口を誇り、その半数が25歳以下の若い世代です。一国において15~64歳の生産年齢人口が総人口の3分の2以上を占める期間を「人口ボーナス期」と呼び、経済成長の原動力になると言われていますが、インドではその期間が2053年まで続く見通しです。
名目GDP(国内総生産)の世界ランキングをみると、インドはモディ政権が発足した2014年の時点で10位でしたが、その後のIT投資やインフラ整備を通じた高成長によって現在は5位まで上昇してきています。IMF(国際通貨基金)の推計によれば、今年中にも日本を抜いて4位となり、27年にはドイツも抜いて米国、中国に続く世界3位になる見込みです。
インド株については国内の個人投資家による買い支えも期待できます。インドにはSIPという投資信託の積み立て制度があり、この仕組みを活用して個人が継続的に株式を購入しています。インド投資信託協会(AMFI)によると、投資信託の運用資産残高は過去10年で7倍に増加しました。個人投資家は手取りに余裕のある若年層が中心で、30代以下が全体の7割を占めています。
インド経済に死角がないわけではありません。国際労働機関(ILO)によると、23年におけるインドの就労者数は5億4500万人と総人口の4割弱にとどまり、そのうちフルタイムで働く正規雇用は約10%、女性の労働参加率は3割程度にすぎません。毎年1000万人規模で生産年齢人口が増えているにもかかわらず、質を伴った雇用創出が追いついていないのです。
インドでは就労人口の約45%が農業部門に従事しており、建設業が13%、商業・観光業と製造業がいずれも12%などとなっています。インド人経済学者で米コロンビア大学教授のアービンド・パナガリヤ氏は、「労働集約的な製造業の発展なくして途上経済から中・高所得経済に脱皮した例は、歴史上かつて一つもない。インドも例外にはなれないだろう」と警鐘を鳴らします。
かつて最貧国だった隣国のバングラデシュでは、労働集約的な繊維・アパレル産業を輸出の柱に育て上げ、女性を含めた雇用を大量に創出した結果、1人当たりGDPでインドを追い抜きました。インドのモディ政権も女性および若年層の雇用や訓練を重視した「雇用予算」を打ち出していますが、こうした財政政策だけでは製造業を本格的に育成することも、多くの国民に経済成長を実感してもらうことも難しいでしょう。
既得権益層に不人気な貿易自由化や労働規制改革はもちろん、公教育の強化によって全階層にわたる人材の質的向上を図るなど、先進国化を本気で進めるための経済構造改革が、インド経済の成長ストーリーには不可欠と考えられます。(チームENGINE 代表・小島淳)