いま聞きたいQ&A

インフレがあぶり出す市場の「ひずみ」と各国の財政問題

先ごろ英国で発生した金融市場の混乱は、金利急騰による年金基金への甚大な影響が懸念されるなど、一歩間違えれば国家財政を揺るがしかねない危険な事態でした。長らく低金利の環境が続いた後で、いま世界が直面することとなった歴史的なインフレへの対処がいかに難しいものなのか、改めて浮き彫りになっています。

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Q.英国で国債利回りが急騰したのはなぜですか?

英国では消費者物価指数(CPI)の上昇率が今年(2022年)7月に前年同月比で10%を超え、8月も9%台の後半を記録するなど、高インフレが続いています。インフレを抑制するため、イングランド銀行(中央銀行)は9月22日に政策金利を0.5%引き上げて年2.25%にするとともに、保有する英国債を市場で売却することを発表しました

保有国債の市場売却に踏み切るのは、主要各国の中央銀行としては初めての試みです。FRB(米連邦準備理事会)やECB(欧州中央銀行)に比べると、イングランド銀行の動きはやや「大がかり」な印象を受けますが、インフレ退治に向けた金融引き締めという意味で、何ら変わりはありません。

問題があったのは、英国政府の動きです。9月6日に発足したトラス新政権は、その公約通りに同23日、半年で600億ポンド(約9.6兆円)を投じるエネルギー高騰対策と、50年ぶりの規模となる総額450億ポンドの減税策を発表しました。今年度の国債発行額についても2341億ポンドと、以前から724億ポンド上積みすることを公表しています。

大型経済対策と国債の大増発を同時に発表したわけですが、財源計画が不明瞭だったため、英国の財政悪化やインフレがさらに加速するとの懸念が市場で広まります。英国の通貨ポンドは対ドルで急落し、9月26日に一時1ポンド=1.03ドル台と、変動相場制に移行後の最安値を記録。「フラッシュ・クラッシュ(瞬間的な暴落)」の様相を呈しました。

ポンド急落と相まって、英国債券市場では幅広い年限の国債利回りが上昇(国債価格は下落)します。9月27日にかけて10年物国債は4.5%台、30年物国債は5%強まで利回りが跳ね上がり、投資家の間では英国の債券全般から資金を引き揚げる動きが進みました。

慌てたイングランド銀行は、9月28日に英国債の緊急買い入れ声明を発表します。残存期間20年超の国債を対象に10月14日まで、市場の安定に必要な分だけ金額無制限で購入するという内容です。保有国債の市場売却は、当初予定していた10月上旬の開始時期を同月末まで延期することになりました。

英国政府も10月3日、経済対策に盛り込んでいた所得税の最高税率引き下げを撤回すると発表。わずか10日間で経済対策の目玉施策を取り消すという、何ともバツの悪い事態に追い込まれています。

インフレ退治と景気の下支えを両立する難しさ

イングランド銀行が英国債の緊急買い入れを決めたのは、年金基金が破綻するリスクを避けるためと言われています

英国の確定給付年金の間では、LDI(債務主導投資)と呼ばれる運用戦略が普及しています。これは金利スワップなどのデリバティブ(金融派生商品)を活用した投資法で、通常は全体的なリターン向上に寄与しますが、金利が急上昇するような局面ではリスクが拡大しやすい性質があります。英投資協会によると、LDIの運用規模は20年の時点で1.5兆ポンドと巨額にのぼり、今回の金利急騰が甚大な影響をもたらす恐れがあったもようです。

英国は終身年金制度を採用しているため年金の債務が大きく、デリバティブで資産を底上げする必要に迫られるなど、英国特有の事情があったことは確かでしょう。しかし今回の事態は、長らく続いた低金利・運用難という状況の下、たまりにたまった金融市場の「ひずみ」が歴史的なインフレによってあぶり出された格好ともいえます。

英国金融市場の混乱は、金利上昇への対応も含めて世界が直面する「インフレ対処」の難しさを改めて浮き彫りにしました。中央銀行が利上げで物価高にブレーキをかける一方で、政府が国債増発による財政出動でアクセルを踏み、かえってインフレ圧力を強める――。これは明らかに矛盾した政策の組み合わせですが、インフレ退治と景気の下支えを両立させようとすれば、同様のわなに陥る懸念は常にあります。

例えばイタリアではこのほど、総選挙で野党の極右「イタリアの同胞」が第1党に躍進し、ポピュリズム(大衆迎合主義)色の濃い右派連合政権が誕生する見通しとなりました。イタリアが所属するユーロ圏ではECBが現在、利上げを進めている最中ですが、イタリア右派連合は減税や最低年金の引き上げなど、いわゆる「ばらまき型」の公約を掲げており、国家財政の悪化に拍車がかかるとの懸念が市場で広がっています。

ドイツでも9月上旬に、政府が家庭の光熱費補助などで650億ユーロ(約9兆円)規模の経済対策を追加しました。結果として両国の長期金利(10年物国債利回り)は一時、イタリアが9年ぶり、ドイツが11年ぶりの水準まで上昇しています。低金利下で覆い隠されてきた各国の財政問題に、再び焦点が当たり始めているわけです。

減税や補助金といった政府によるインフレ対策に慎重であるべきなのは、日本も同様でしょう。巨額の公的債務や貿易赤字の定着、低金利の継続など、ただでさえ国力の低迷をイメージしやすい状況がそろっているところへ、さらに財政不安をあおるような材料が加われば、日本国債や円への売り圧力が加速する恐れもあります。日本にも英国のような危機の芽が潜んでいることを、私たちはしっかりと自覚すべきかもしれません。

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