財政拡張への警戒感が招いた先進国の長期金利上昇
物価高や移民問題などで国民の不満が募るなか、先進各国は財政拡張を余儀なくされています。国債増発が長期金利の上昇を招きつつあり、米国では国債利回りが株式益回りよりも高くなる「逆転現象」が起きました。各国の金利水準にある程度の目途が立つまでは、投資家にとって適切な資産配分を模索する日々が続きそうです。
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Q.いま世界的に長期金利が上昇傾向にあるのはなぜですか?
先進国で政府債務の拡大が顕著となっています。米モルガン・スタンレーによると、日米英やユーロ圏など7カ国・地域による2024年の国債の純発行額は2.8兆ドル(約440兆円)と、前年比で6割増加しました。これは2008年に発生したリーマン・ショック後で最大の2010年に並ぶ水準です。当時は景気テコ入れのために各国が財政拡張に動いていました。
現在も先進各国は財政拡張に傾いていますが、その理由は以前とは異なります。物価高や移民問題などで国民の不満が募り、各国の政権与党に逆風が吹くなかで、野党の要求はポピュリズム(大衆迎合主義)に走りやすくなっています。与党が政権運営を進めるにあたっては多かれ少なかれ野党の協力を取り付ける必要があり、歳出拡大への圧力がかかりやすい状況にあると言えます。
一方で日米欧の中央銀行は量的緩和政策を転換し、国債など保有資産の圧縮へとカジを切っています。国債の純発行額は、発行総額から「中央銀行の買い入れ額」と「国債の満期償還額」を差し引いて計算します。ここにきて国債の純発行額が増えている背景には、中央銀行による市場からの国債購入が減少した影響もあるわけです。
中央銀行に代わる国債の買い手を十分に確保できないまま、現状のような財政拡張が続いた場合には、国債の需給悪化による金利上昇を通じて政府の資金調達コストが膨らみます。国によっては通貨安につながる可能性も考えられ、そうした市場の警戒感はすでに各国の長期金利(10年国債利回り)に表れ始めています。
例えば英国では長期金利が今年(25年)1月9日に一時4.89%まで上昇し、22年の「トラス・ショック」を超えて17年ぶりの高水準を記録しました。米国では1月13日に一時4.80%を付けて節目の5%に迫り、日本でも1月15日に一時1.255%まで上昇して14年ぶりの高水準となっています。
特に市場の注目を集めているのが、米国の金利動向です。FRB(米連邦準備理事会)は24年9月のFOMC(米連邦公開市場委員会)以降、12月まで3会合連続で利下げを実施しましたが、今後の利下げについては判断が難しくなっています。米労働省が今年1月10日に発表した24年12月の雇用統計は、非農業部門の就業者数が前月比で25.6万人増え、市場予想を大きく上回りました。雇用の強さは米国景気の堅調さを示しており、インフレ抑制を考慮すると利下げには慎重にならざるを得ません。
もうひとつ、米国の金利に上昇バイアスをもたらしているのが、1月20日に正式就任したトランプ大統領の言動です。第2期トランプ政権では関税強化や大型減税の恒久化、不法移民の強制送還などを掲げており、これらの政策がインフレにつながるとの思惑から国債売りが膨らんでいるのです。
米国の長期金利が直近で5%台まで上昇したのは23年10月~11月ですが、当時はFRBによる金融引き締めが長引くとの見方が市場で広がっていました。現在のようにFRBが利下げを進めるなかでの金利上昇は、国債売りの圧力が強いことを示すものといえます。
投資家は「インフレと金利がある世界」への対応に苦慮している
金利上昇は米国株にとって重荷となります。投資家は一般にリスク資産である株式に対して、安全資産とされる国債よりも高い利回りを求めます。株式の利回りは、企業が稼ぐ年間の1株利益を株価で割った「株式益回り」で表されますが、米国株に世界中から多くの投資マネーが集まった結果、利益の伸び以上に株価が上昇して株式益回りが低下しています。
今年1月10日には、米国の長期金利がS&P500種株価指数ベースの予想益回りを上回るという逆転現象が起きました。これは安全資産の米国債で運用した方が、米国株で運用するよりも高い利回りが得られることを意味します。裏を返せば、それほど米国株の割高さが目立つわけで、投資家は現状の株価水準からの新たな株式購入をためらいがちになります。
長期金利が上昇すると国債価格は下落するため、すでに国債を保有している投資家にとっては含み損につながりますが、これから国債を購入する投資家にとっては利回りの相対的な魅力が高まります。今後は運用資産の一部を米国株から米国債へシフトする動きが広がるかもしれません。
インフレのヘッジ(回避)と資産分散の観点から、金(ゴールド)への資金流入も続いています。24年10月には、金価格の国際指標となるニューヨーク先物(中心限月)が初めて1トロイオンス2800ドルを突破。24年の1年間で国際金価格は27%の上昇を記録しました。一方で金は金利が付かないため、金利上昇局面では相対的に投資妙味が薄まるという特徴があり、ここから先のさらなる価格上昇については慎重な見方が強くなっています。
24年には代表的な暗号資産(仮想通貨)であるビットコインの価格も2倍超の高騰を記録し、今年1月20日には10万9000ドル台を付けて史上最高値を更新しました。背景としては、米国のトランプ政権が仮想通貨の規制緩和に動くとの期待が大きいもようです。
こうした資産物色の動きには投機マネーも多分に含まれると考えられますが、いずれにしても投資家が長らく経験することのなかった「インフレと金利がある世界」への対応に苦慮していることは確かでしょう。各国の金利がどの程度の水準に落ち着くのか、とりあえずの目途が立つまでは、さまざまな投資対象を試しながら適切な資産配分を模索する日々が続きそうです。(チームENGINE 代表・小島淳)