地球温暖化がもたらす目に見えにくい変化にも要注意
2024年の夏も世界各地で猛暑となり、平均気温は過去最高記録を更新しました。大雨による洪水などで大きな人的・物的被害がもたらされましたが、地球温暖化の影響は自然災害だけにとどまりません。直接的には私たちの目に見えにくいものの、動植物などの間ですでに進行しつつある深刻な変化をいくつか紹介しましょう。
Q.カカオ豆やコーヒー豆の国際相場が高騰しているのはなぜですか?
欧州連合(EU)の気象情報機関であるコペルニクス気候変動サービスによると、北半球の夏に当たる2024年6月~8月の世界の平均気温は16.8度で、1940年に観測を始めて以来の最高記録を更新しました。米国立気象局(NWS)の気象学者、ブライアン・ブレットシュナイダー氏によれば、24年の夏は世界の平均湿度も過去最高だったもようです。
気象庁は24年の日本の平均気温が基準値(2020年までの30年平均)を1.48度上回り、1898年の統計開始以来で最も高くなったと発表しました。年平均気温ランキングでは上位5番目までを2019年~21年、23年、24年が占めており、日本でも近年は高温の傾向が顕著となっています。
24年にはスペインをはじめ欧州各地で大雨による洪水が頻発し、米国や中国南部~東南アジアでは大型ハリケーン(台風)の上陸によって洪水や高潮、土砂災害、家屋倒壊などが相次ぎました。地球温暖化の影響というと、こうした自然災害による人的・物的被害の大きさに目が行きがちですが、実はその陰で動植物などの間に、直接的には見えにくい深刻な変化が進みつつあることにも注意が必要です。
チョコレートの原料となるカカオ豆や、高級種として知られるアラビカ種コーヒー豆の国際相場が急騰しています。ニューヨーク市場の先物価格はいずれも24年12月に過去最高値を更新しました。両者に共通しているのは、生産適地が少なく産地が特定の地域に集中し、異常気象の影響を強く受けやすいという点です。
カカオ豆は西アフリカのコートジボワールとガーナの2国で世界生産量の6割近くを占めますが、これら主産地の天候不順と病害によって深刻な不作に直面しています。農作物の市場調査を手がける米国Jゲインズ・コンサルティングでは、今年も4年連続で供給不足に陥る可能性があると予想しており、カカオ豆の不安定な価格動向はしばらく続きそうです。
コーヒー豆のうち標高1000メートル以上で栽培されるアラビカ種は、主産地のブラジルで21年に霜害が発生して大減産となり、価格が高騰しました。その後、割安なロブスタ種に需要がシフトしたことで相場はいったん落ち着きましたが、23年春以降のエルニーニョ現象による干ばつで、ベトナムを主産地とするロブスタ種も減産に転じて価格が高騰。それが本来は割高なアラビカ種の価格を一段と押し上げている格好です。
暑さによって全世界で5000億時間超の労働機会が失われた!?
コーヒー豆の栽培適地は赤道を挟んだ北緯25度から南緯25度の「コーヒーベルト」に限られており、世界生産量の約30%をブラジル、約18%をベトナムが占めています。温暖化が進めばコーヒーベルトは広がるとの指摘もありますが、話はそう単純ではなさそうです。
例えば気温上昇に伴ってアラビカ種の生産地がより高い標高に移動すると、面積が小さく土壌も悪くなるため、コーヒー豆の生産に適さなくなる懸念が生じてきます。カカオやコーヒーは嗜好品なので、供給不足が食料問題に直結するわけではないし、価格高騰には投機マネーが一枚かんでいることも事実です。しかしながら、気候変動に真っ先に反応する「炭鉱のカナリア」として、私たちに警鐘を鳴らしているように思えてなりません。
小麦やコメなど世界各地で生産され、国際取引量が多い農作物には、一部地域の供給減少を代替生産で埋める機能があります。温暖化が今後さらに進んだ場合にも、そうした機能が維持されるのかどうか、いまのうちから真剣に検討しておくべきではないでしょうか。
世界保健機関(WHO)によると、世界でデング熱に感染した人の数が2023年に過去最多の650万人に上りました。デング熱はネッタイシマカやヒトスジシマカ(ヤブ蚊)が媒介するウイルス感染症ですが、温暖化によって蚊が活動できる地域や期間が広がっているのです。標高の高いネパールでは、2004年以前はデング熱に感染する人がいなかったものの、直近の2年では毎年5万人が感染しています。
日本人のデング熱発症は海外で蚊に刺されて国内に持ち込まれたケースがほとんどですが、国内に生息するヒトスジシマカがウイルスを持つ人の血を吸い、他の人を刺すことでも感染します。ヒトスジシマカの生息域の北限は1950年代まで関東地方北部や新潟県中部でした。それが現在は本州全域に拡大しており、2050年ごろには北海道南部に達する可能性も指摘されています。
温暖化が「パンドラの箱」を開けてしまう恐れもあります。北極圏の永久凍土は北半球の陸地の4分の1を占め、そこには大量のメタンとともに、太古の細菌や病原体が閉じ込められていると言われています。2016年にはシベリアで炭疽(たんそ)菌が広がり、感染したトナカイに接触した少年が死亡しました。永久凍土が溶解すると、温室効果ガスに加えて未知のウイルスも世界中にばらまかれる恐れがあるわけです。
最後にもうひとつ、言われてみればなるほどと思える人間関連のデータを紹介しましょう。国際医学誌ランセットなどのグループは、あまりの暑さに働きたくても働けず、2023年に全世界で5000億時間超の労働機会が失われたと報告しています。暑さの影響が最も大きいのは農業従事者で、失われた労働量は全体の約6割に当たる3230億時間とのこと。世界全体で暑さにより失われた収入は、23年の1年間で約8350億ドル(約128兆円)に及んでおり、途上国ではGDPの約7.6%、先進国では最大約1%の損失が出ているそうです。(チームENGINE 代表・小島淳)