経済・社会が抱える課題の克服へ向けて、何が決め手になるのでしょうか?
コロナ禍が背中を押すSDGsへの取り組み
菅義偉首相は2020年10月の所信表明演説で、日本が温暖化ガスの排出を50年までにゼロとし、脱炭素社会の実現を目指すことを宣言しました。これは15年に採択された国際的な温暖化対策の枠組み「パリ協定」に基づくものです。同協定が掲げる「2050年ごろに実質ゼロ」の目標について、現在ではEU(欧州連合)をはじめ120以上の国と地域が賛同しています。
11月の米大統領選で当選を確実にしたバイデン氏も同様の目標を掲げており、世界最大の温暖化ガス排出国である中国も、60年までにCO2(二酸化炭素)の排出量を実質ゼロにする目標を表明しました。日米欧の3大先進国に加えて経済大国・中国の足並みもそろうことで、世界的な環境対応への取り組みはいよいよ本格化する兆しが見えてきたといえます。
こうした動きはコロナ禍とも少なからず関係しています。新型コロナなど未知のウイルスが流行しやすくなった一因として、環境破壊や地球温暖化の影響が取り沙汰されているからです。
ほかにもコロナ禍を通じて、世界の経済・社会が抱える課題が改めて浮き彫りになってきました。例えば、所得や資産の格差拡大という問題。所得や資産の多寡によってコロナへの感染率および死亡率が異なることが判明したほか、コロナ禍で職を失うのは非正規雇用者など中低所得者が多いという現実があります。
WFP(国連世界食糧計画)によると、コロナ禍で世界の飢餓問題は深刻さを増しています。2020年末までに2億7000万人が飢えで命の危機に立たされると見られ、その規模はコロナ以前と比べて約80%増えたもようです。
振り返れば、新型コロナウイルスの感染拡大を誰もが予想しなかった2015年の時点で、国連は17項目からなる「SDGs(持続可能な開発目標)」を採択していました。コロナ禍によって世界はいま、持続可能性(サステナビリティー)の問題をより現実的なかたちで突きつけられ、皮肉にもこの課題と真剣に向き合わざるを得なくなったわけです。
フランスで「使命を果たす会社」の第1号が誕生
そんななか、企業のSDGsに対する取り組みへの期待が高まっています。最近よく耳にするのが「ステークホルダー資本主義」という言葉。これは企業の持続的な成長にとって株主だけでなく、従業員や顧客、取引先、地域社会、環境なども等しく重要な存在だとする考え方です。
フランスの食品大手ダノンは、2020年6月の株主総会で定款を変更して「使命を果たす会社」となりました。フランスでは19年に新法を制定し、営利法人である企業が利益だけではなく、社会や環境の改善を目的として活動することを明記できるようにしました。ダノンは上場企業における、その第1号に当たります。
同社のエマニュエル・ファベール会長兼最高経営責任者(CEO)は、目指す会社像を「サーブ・ライフ(生命に尽くす)」と定義した上で、経済や企業経営について非常にユニークな持論を以下のように展開しています。
「ビジネスは現金で始まり、現金で終わると見る経済モデルは間違えている。近代経済は金融資本ありきで語るクセがあるが、自然資本や人的資本も経済活動に寄与している。それらを重要な資本と捉え、お返しするという概念が乏しい」
「製品をつくるには植物や土、水などの自然が必要だ。そこに製品を買ってくれる消費者がいて、製品をつくる人、運ぶ人、販売する人がいる。我々はすべての生命を支え、尽くす会社になる」
実はフランスと似たような法律は米国の各州にもあり、「ベネフィット・コーポレーション」と呼ばれています。営利目的だけでなく倫理的な活動も可能となっているのが特徴で、例えば今年7月に上場した米オンライン住宅保険会社のレモネードは、余った保険の掛け金を顧客が指定する慈善団体に寄付します。同社は上場に際して、目論見書に「利益が最大化しない行動をとる可能性がある」と明記しました。
今日では投資家もESG(環境・社会・企業統治)投資に傾くなど、いわゆる利益偏重型の企業経営を見直す機運が急速に高まりつつあります。ただし、社会貢献のために短期的な利益の目減りをどこまで許容するかについては、個々の投資家や経営者によって考え方が異なります。
前述のダノンでは、CO2を土壌に回収する再生農業や植物由来の製品を手がけるベンチャー企業に積極投資するなど、SDGsを新たな成長機会へつなげる試みも始めています。同社が利益と社会貢献の均衡点をうまく示せるかどうかは、SDGs経営の実現へ向けて一つの試金石となりそうですが、そもそもそうした取り組み自体がすべての企業に可能かといえば、意識の問題を含めて難しいのが現実ではないでしょうか。
なかでも私たちにとって身近な日本企業の実態については、専門家から厳しい指摘も聞こえてきます。次回はその辺りの話を中心に引き続き、経済・社会の課題克服について考えてみたいと思います。