いま聞きたいQ&A

金融リテラシーと肩ひじ張らずに、まずは人間力の向上を

今年(2024年)4月に官民合同のJ-FLEC(金融経済教育推進機構)が発足し、日本でも国民の金融リテラシー向上への取り組みが本格化しつつあります。お金について不安のない状態を達成するためには、金融の知識やスキルだけでなく、数学の能力や予定調和にとらわれない人間力を磨くことも重要かもしれません。

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Q.日本人の金融リテラシー向上が急がれているのはなぜですか?

日銀が公表した「資金循環の日米欧比較」(2024年3月末現在)によると、日本の家計金融資産に占める株式と投資信託の割合は19.6%で、米国の53.3%より大幅に低くなっています。ただし米国も、1980年代には現在の日本とそれほど変わらない状況にありました。

米国の家計に株式や投資信託が浸透した背景として、確定拠出年金など優遇税制が整備されたこと、株高で多くの国民が成功体験を得たこと、インフレによって運用の必要性が増したことなどが挙げられます。加えて2000年ごろから国家戦略として国民の金融リテラシー向上を掲げ、政府主導で投資教育を推進したことも、「貯蓄から投資へ」の流れを勢いづけるうえで大きかったもようです。

優遇税制の整備、株高、インフレはすべて現在の日本にもあてはまります。日本国民が投資に積極的に取り組む条件はそろってきたといえますが、金融リテラシー向上についてはまだ道半ばなのが実情です。

金融広報中央委員会の「金融リテラシー調査2022年」によると、金融知識に自信がある人の割合は米国の71%に対して、日本では12%に過ぎません。金融教育を受けたことがあると認識している人の割合も、米国の20%に対して日本は7%という低さです。同調査が用意した金融リテラシーの正誤問題に対する正答率は、18~29歳の若者が41.2%と、全世代で最も低くなっていました。

新NISA(少額投資非課税制度)をきっかけに若年層で投資を始める人が増えている現状に照らし合わせると、日本人の間に投資が本格的に根付くかどうかは、金融リテラシーの向上が大きなカギを握っていると言えそうです。2022年から高校の家庭科の授業に金融教育が組み込まれ、今年8月からJ-FLECが本格的な活動を始めたのも、こうした問題意識に基づいたものと考えられます。

複利効果やリスク分散の理解には数学力が不可欠

ところで、そもそも金融リテラシーとは何を指すのでしょうか。過去に専門家が発表した論文では、「金融に関して適切な決定を行い、最終的に個人のファイナンシャルウェルビーイング(お金について不安のない状態)を達成するために必要な意識、知識、スキル、態度、行動の組み合わせ」などと定義されています。

もう少し具体的に、利子計算・物価変動・リスク分散を「金融リテラシービッグ3」と位置付ける専門家もいます。例えば利子計算の理解度を測るための質問項目は、「あなたの預金口座に1万円があって利子率が年2%の場合、一度も引き出さなければ5年後にはいくらになるか」といった内容です。ここでは利子に利子がつく、いわゆる複利の計算が求められ、答えは「1万円×1.02の5乗=約1万1041円」となります。

リスク分散については、以下のような内容を理解しているかどうかが問われます。

  • ● A社とB社の株価はいずれも1年後に50%の確率で2倍となり、50%の確率で半分になると仮定する。
  • ● 手持ち資金200万円をすべてA社に投資した場合、期待リターンは「400万円×0.5+100万円×0.5=250万円」となる。
  • ● 手持ち資金のうち100万円をA社に、残りの100万円をB社に投資した場合、期待リターンは「ともに株価が2倍」「ともに株価が半分」「片方が2倍、片方が半分」という3つのケースに基づいて考えるため、それぞれの期待値である「400万円×0.5×0.5」、「100万円×0.5×0.5」、「(100万円×2+100万円×0.5)×0.5×0.5×2」を合計した250万円となる。

A社だけに投資した場合と、A・Bの2社に投資した場合の期待リターンは250万円で同じですが、前者では資金が2倍になる確率も半分になる確率も50%(0.5)なのに対して、後者ではいずれも25%(0.5×0.5)に減少します。2社に分散投資することで、リターンが大きく上下にぶれる確率、すなわちリスクが低く抑えられるというわけです。

こうしてみると、複利効果やそれを含む年率リターンの計算、リスク分散を理解するためには数学の基礎的能力が不可欠であることが分かります。ほかにも積み立て投資で購入単価が平均化される仕組みなど、最低限の数学的素養が求められる項目は少なくありません。だとすれば、ひとつの方向性として基礎的な数学能力を高める取り組みが、金融リテラシー向上にとって重要と考えられます。

最近では金融商品を選ぶ際にコストやリターンの水準に敏感な人が増えていますが、同時にそれらが妥当なものかどうかを判断する慎重さも求められます。例えば長期金利や株価指数、為替レートの推移など、金融市場の基本的な数値を日常的にウオッチしながら、モノサシとして参照する習慣を身につけることも大切です。

そしてもうひとつ、逆説的な言い方になりますが、数学や数値にとらわれ過ぎないことも重要です。ある専門家によると、新NISAで資産運用を始めたものの、漠然としたお金の不安を感じる人が増えているそうです。要因として金融知識の不足のほか、物価や株価、将来の公的年金受取額といった「不確実な要素への過剰反応」なども考えられるとのこと。

不確実な要素への過剰反応というのは、いわば一定の数値に基づく予定調和に慣れ切っている、もしくは予定調和を望み過ぎていることの裏返しではないでしょうか。人生に予定調和などないことを自覚するために必要なのは、意識を含めた総合的な「人間力」であり、それを養うのは情操教育の範疇です。ことさらに金融リテラシーなどと肩ひじ張らずとも、それぞれの家庭や学校、職場などで、いますぐ始められる取り組みだと思われます。(チームENGINE 代表・小島淳)

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