いま聞きたいQ&A

労働観のみならず人生観も問いかける「働き方改革」

日本の特徴である労働時間の長さや労働移動の少なさは、メンバーシップ型雇用の影響が大きいと考えられます。一方で、職務内容を明確にして成果で処遇する「ジョブ型雇用」が一般的な米国でも、生産性の高い勤務形態について試行錯誤しているのが実情です。労使ともに満足できる働き方とはどのようなものなのか、今後も世界中で模索が続きそうです。

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Q.日本で「働き方改革」が注目されているのはなぜですか?

少子高齢化の進行に伴って労働力人口が減少するなか、日本企業にとっては労働力の質的向上を通じて生産性を高めることが不可欠となっています。働き手を単なる労働力の提供者=人的資源ではなく、新しい価値を生み出す人的資本として捉え直そうという試みは、その一環といえます。

労働者の側でも新型コロナウイルス禍で在宅勤務が普及したことなどをきっかけに、多様な働き方やワークライフバランス(仕事と生活の調和)を意識する人が増えてきました。特に若者の間では、仕事にもタイムパフォーマンス(時間対効果)を求める風潮が強まっており、より充実したキャリア形成や早期の自己実現を目指して企業を選別する動きが目立ちます。

現在の日本は、社会全体で労働観すなわち働くことの意義を再考しながら、新しい時代にマッチした雇用・労働環境を整備していく転換期にあるわけです。一部の大企業がジョブ型の採用や人材マネジメントを導入したり、年中無休が当たり前だった観光業やサービス業が休日改革に乗り出すなど、変化の芽は確実に出てきています。しかしながらトータルで見ると、そう簡単には変われないのも現実です。

厚生労働省によると、2022年の年間総実労働時間はパートタイム労働者を含む全体が1633時間で、フルタイム労働者に限ると1948時間でした。全体の時間数は20年前に比べて11%減ったものの、フルタイムは3%減にとどまっています。全体の時間数が減ったのはパートタイムの比率が増えたことが主な要因であり、フルタイム労働者の労働環境が著しく変わったわけではありません。

同じく厚生労働省の調査によると、毎週必ず2日の休みがある完全週休2日を採用する企業は、2023年の時点で53.3%でした。ローテーション勤務で休日が流動的なケースもあり、完全週休2日の採用は業種によってバラツキが大きくなっています。

有給休暇の取得率が低いのも日本の特徴です。米旅行予約サイト大手のエクスペディアが米国や英国、ドイツ、シンガポールなど世界11カ国・地域の有給休暇を調査したところ、2023年の日本の有休取得率は63%で最下位でした。

日本企業は新卒者を一括採用し、後から仕事を割り当てる「メンバーシップ型雇用」が一般的です。個々の担当業務や責務が曖昧なため、周囲が働いていると自分だけ休むことに気が引けてしまう人が多く、それが有休の未消化につながっているもようです。

米国でも勤務形態については試行錯誤が続く

「生涯の転職回数」を見ると、日本は米国に比べて労働者の移動が非常に少ないことが分かります。2023年8月に米労働省労働統計局が公表した調査データによると、1957年から64年までに生まれた人は、18歳から56歳までに平均12.7の仕事に就いていました。つまり、米国では平均転職回数が11.7回ということになります。

転職支援のゴールドキャリアが今年(2024年)1月に実施した調査では、日本人の平均転職回数は男性が1.97回、女性が2.49回で、全体では2.23回でした。こうした流動性の低さについても、メンバーシップ型雇用が影響をもたらしていると考えられます。

日本ではさまざまな部署や職種を経験して、会社の内情を把握しながら出世していき、勤続年数が長いほど退職金の支給額も増える傾向にあります。「生涯1社」の労働者も多く、転職者に対しては「仕事が長続きしない人」「前職で能力を発揮できなかった人」といった負のイメージがつきまといます。

対して米国では、多くの企業がジョブ型雇用を採用し、職務内容や条件を明確に定義したうえで雇用契約を結びます。いつ空くか分からない一つ上のポストを待つよりも、専門性を武器に待遇の良い職場へ転職した方が手っ取り早く、いわば転職が昇進や昇給と同じような意味を持つというわけです。

岸田政権が「三位一体の労働市場改革」において、「ジョブ型人事の導入」や「成長分野への労働移動の円滑化」を重要項目に掲げていることを踏まえると、米国は労働のあり方という面で一歩先を行っているようにも思えます。ただし、そんな米国でも最善の勤務形態については、いまだに試行錯誤が続いています。

米アマゾン・ドット・コムは今年9月に、原則として週5日出社を2025年1月から義務付けると発表しました。同社では23年5月から週3日の出社を義務付けていましたが、このまま在宅勤務を続けていては、社員の当事者意識の高さや素早い意思決定など、強みとしてきた企業文化の維持が難しいと判断したためです。

ほかにも小売最大手ウォルマートが原則出社の方針をとるなど、米国の大企業の間では在宅勤務が生産性を低下させるという問題意識から、出社ポリシーを強化する動きが広がっています。一方で、米国の大都市は通勤時間帯の交通渋滞がひどく、むしろ通勤が生産性の低下につながるという声もあり、判断はなかなか難しいところだと思われます。

英国のスターマー政権では、出社日どころか勤務日そのものを削減する「週4日勤務(週休3日)」の普及を目指しています。世界的な週4日勤務の実証実験を通じて、多くの企業で従業員の幸福度が高まり、離職率が低下したという報告もあります。

結局のところ、働き手が望むのは限られた時間を有効に活用しながら、自分の人生を豊かにしていきたいということでしょう。その意味では労働観のみならず、人生観についても労使間で概念を問い直し、共有する必要があるのかもしれません。

ご注意:「いま聞きたいQ&A」は、上記、掲載日時点の内容です。現状に即さない場合がありますが、ご了承ください。