いま聞きたいQ&A

「政策保有株」の売却を企業価値向上につなげられるか

政策保有株の売却は、持っている側にとっても持たれている側にとっても資本効率の向上効果が期待できます。一方で、株式の保有理由を政策目的から純投資目的に振り替える動きもあり、市場では「見せかけ」ではないかと疑念が広がっています。日本企業には改めて、正しく分かりやすい情報開示が求められます。

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Q.日本企業が政策保有株の売却を進めているのはなぜですか?

日本企業による政策保有株の売却が目立つようになったのは、2023年3月に東京証券取引所が「資本コストや株価を意識した経営」を要請したことがきっかけです。24年3月期における政策保有株の売却額は前期比86%増の3兆6861億円と、開示が始まった19年3月期以降で過去最高を記録しました。

政策保有株とは、企業が取引先との関係を維持・強化するために保有する株式のこと。金融機関と事業会社の間で、あるいはメーカーと下請け会社や販売会社などの間で、相互に株式を保有する「持ち合い」のケースも多く見られます。物言う株主(アクティビスト)とは反対の「物言わぬ安定株主」をつくる、日本独自の慣習といえます。

少数株主の意見が反映されず、経営陣の保身や企業統治の形骸化につながるとして、政策保有株はこれまで海外投資家などから強い批判を受けてきました。米国の議決権行使助言会社や日本国内の運用会社の一部では、純資産に占める政策保有株の割合が多い企業に対して、株主総会で取締役の選任議案に反対する方針を掲げています。

投資リターンが低い政策保有株も多く、資本効率の悪化を招いているとの指摘もあります。政策保有株の売却で得たキャッシュを新たな成長分野や人的資本への投資に振り向ければ、持続的な企業価値向上に資することが期待できます。一橋大学の円谷昭一教授の研究によると、2010~18年度に政策保有株を売却した企業には、3期後にかけて営業利益率が上昇する傾向が顕著に見られました。売却規模が大きいほど、利益率の改善度合いも大きかったといいます。

資本効率アップが期待できるのは、政策保有株を「持たれている側」の企業も同様です。持っている側の企業が政策保有株を売却した後に、持たれている側の企業が自社株買いを行えば、ROE(自己資本利益率)の改善につながります。それを見越して投資家から当該企業の株式に買いが入るケースも少なくありません。UBS証券では、すべての政策保有株が自社株買いや株式消却によって解消された場合、日本企業のROEは現状の9%から10%に改善すると試算しています。

「見せかけ」として純投資目的へ振り替えるケースも?

24年3月期に特に目立ったのは、トヨタグループによる政策保有株の売却です。トヨタ自動車の売却額は上場企業で最大の3259億円に上っており、豊田自動織機が2401億円、デンソーが1258億円、アイシンが1117億円などとなっています。「ケイレツ」と呼ばれるサプライヤー間で株式を持ち合う構造を改め、資本効率への意識を市場にアピールする動きと考えられます。

アシックスは今年(24年)7月に、三菱UFJフィナンシャル・グループやロート製薬など、自社が持っている政策保有株を今年中にすべて売却すると発表しました。同時に国内15社が政策保有株として持っているアシックスの株式も、国内外で売り出すことを決めています。アシックスの広田康人会長は7月12日の会見で「安定株主はいなくなるが、緊張感のある経営をしていく」と語っており、今後も政策保有株は持たない方針です。

政策保有株の売却が進み、無条件で賛成する安定株主がいなくなると、アクティビストが攻勢を強めたり、海外からの買収圧力が高まることが予想されます。日本企業にとっては、いかに腰を据えて企業価値向上の実現を目指していくかが重要になるわけですが、これに関連してひとつ気になるデータがあります。

24年3月期には、株式の保有理由を政策目的から純投資目的に振り替えた金額が6379億円と前期比で9割も増えているのです。なかでも目立つのが地方銀行・グループによる振り替えで、金額は4650億円と全体の7割強に達しています。地銀・グループが純投資目的で保有する株式の総残高は約2兆3700億円となり、20年3月期に比べて2.5倍に膨らみました。

上場企業は保有する株式について、その目的を開示することが義務付けられています。政策保有目的と、配当収入や値上がり益を求める純投資目的に大別されますが、政策保有株は法令上の定義がないため、政策保有か純投資かについては「言ったもの勝ち」なのが現実です。専門家からは「地銀は形式的に政策保有株を手っ取り早く減らす方法として、純投資への振り替えを選んだ可能性がある」といった疑念の声が上がっています。

地銀が振り替えにこだわる背景には、政策保有株を売却しても資金の運用先が乏しいという事情があります。地方では人口減少が著しいところが多く、資金需要が伸び悩んでいることに加えて、日銀の緩和的な金融政策によって貸出金利も長らく低位で推移しています。政策保有株からは配当収入が得られるほか、取得原価がきわめて低く含み益も大きいため、できれば手放したくないというのが本音でしょう。

事業会社においても24年3月期の振替額は1310億円と、前期比で3倍に増えています。こうした実態を受けて、金融庁では上場企業を対象に、政策保有目的から純投資目的への振り替えが適切に実施されているかを調査することになりました。

それぞれの歴史的経緯などを踏まえると、すべての企業がいますぐ政策保有株をゼロにすべきだとは言い切れません。しかし、いかなる事情があろうと、正しく分かりやすい情報開示を行うのは上場企業にとって最低限の務めです。政策保有株について、少なくとも「見せかけ」や「ごまかし」がなくなることを期待したいところです。

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