資産を運用で増やしながら定期的に取り崩していく方法
日本の高齢層はせっかくためた金融資産を上手に使い切れていない――。そんな実情がデータから明らかになっています。リタイア後も投資信託などで運用を行うとともに、取り崩し方を工夫すれば、資産の寿命は延ばすことが可能です。「長生きリスク」を軽減して、もっと気兼ねなくお金を使えるようになりたいものです。
Q.老後に資産を取り崩す際のポイントを教えてください。
内閣府が今年(2024年)8月に発表した「令和6年度 年次経済財政報告」には、日本の高齢層による金融資産の取り崩しについて、以下のような内容が記されています。
日本人の世帯あたりの金融資産額は年齢を重ねるにつれて右肩上がりに増え続け、定年時の60~64歳でピークを迎えます。65歳以降は資産を取り崩す動きが出るものの、そのペースは緩やかで、85歳以上になっても資産の減少率は1割台半ばにとどまっています。
なかでも金融資産の大部分を占める預金は、年齢が高まっても残高にほとんど変化がなく、取り崩している様子が見られません。高齢者は公的年金や勤労などで得られるフロー所得の範囲内で、ほとんどの消費活動をまかなっていることになります。背景には長寿化が進むなかで老後の生活資金への不安、すなわち「長生きリスク」への強い意識があると、同報告では分析しています。
総務省統計局が今年6月に発表した2023年の「家計調査報告」によると、世帯主が65歳以上の無職世帯の金融資産は平均2504万円で、そのうち預貯金が1600万円と資産全体の63.9%を占めています。有価証券は480万円で19.2%にすぎません。
これらの報告データを踏まえて、私たちが金融資産を取り崩すにあたってのポイントを考えてみましょう。長生きリスクを軽減するためには、資産寿命をできる限り延ばすことが重要です。リタイア後も株式や債券、投資信託といったリスク資産で運用を行い、フローの所得を増やすことができれば、もっと気兼ねなくお金を使えるようになるはずです。
資産を取り崩す方法としてベストなのは、保有するリスク資産の価格が上昇した際にその都度、現金化することです。ただし、この方法は難易度が高いうえに、市場の状況を常にウオッチする必要もあり、心理上の負担が大きくなります。
より現実に即して考えるならば、リスク資産の価格変動に関係なく、定期的に資産を取り崩していくべきでしょう。資産を定期的に取り崩す方法には、「定額法」と「定率法」の2種類があります。定額法は毎年一定の金額を取り崩すもので、手元に入る金額が決まっているため家計管理がしやすい半面、定率法に比べると資産の減り方が早くなります。定率法は資産が長持ちするものの、残高の減少に伴って手元に入る金額も少なくなります。
高齢期の前後半で定率法と定額法を使い分ける
定額法と定率法にはいずれも一長一短があるわけですが、両者を組み合わせることで、それぞれの長所を生かすことも可能になります。例えば高齢期の前半に当たる74歳までは定率法で資産を長持ちさせ、高齢期の後半に入る75歳からは定額法に切り替えるといいでしょう。75歳以降は体力低下などによって旅行や趣味の費用が減りやすく、定額の取り崩し額は少なく済むケースが多いからです。
年金の補塡として、例えば2000万円の預貯金を65歳から毎月12万円(毎年144万円)ずつ取り崩していくと、78歳で資金は底をつくことになります。2000万円を年率4%で運用しながら、74歳までは定率法で毎年8%ずつ取り崩し、75歳からは定額法で毎月7万5000円(毎年90万円)ずつ取り崩すと、98歳まで資産寿命を延ばすことができます。ちなみに定率法で取り崩す8%は、資産が2000万円の時期は年160万円(月約13万3000円)、資産が1500万円の時期は年120万円(月10万円)に相当します。
運用に用いる商品の候補としては、例えば世界株指数などに連動するインデックス型投資信託が挙げられます。シニアは若年層に比べて運用期間が短いため、株式投信での運用はリスクが高すぎるという指摘もありますが、リタイア後も運用を行う理由が長生きリスクへの対処であることを忘れてはなりません。
冒頭で紹介した内閣府の年次経済財政報告には「男性の約4分の1、女性の約2分の1が90歳以上まで生きるようになっている」と書かれています。短めに見積もって84歳まで生きると仮定しても、65歳からは20年の運用期間があるわけで、決して短いとはいえないでしょう。
代表的な世界株指数のリターンは直近の30年間で年率7%程度です。運用コストが低く、長期で安定的なリターンを期待できることから、世界株指数に連動するインデックス型投信はリタイア後の運用の選択肢としても有力と考えられます。前述した定率法と定額法の組み合わせでは、98歳まで資産寿命を延ばすために年率4%の運用リターンを想定しており、かなり慎重な前提に基づいていることが分かります。
実際問題として、資産寿命を延ばせる期間や毎月の取り崩し可能金額は、リタイア時の金融資産額によって異なります。極端な話、65歳の時点で金融資産が5000万円ある人は、運用を行わずに毎月約16万6000円(毎年200万円)ずつを単純に取り崩しても、89歳までは持つわけです。
当然のことながら、運用に期待する年率リターンは、運用に回せる金額をベースに考えることとなります。年率4%まで届かなくてもいいという人ならば、運用資金のすべてを相対的にリスクの低いバランス型投信や高配当ETF(上場投資信託)などに投資する手もあるし、運用資金の一部を“実質無リスク”の個人向け国債に振り向ける方法もあります。
個人向け国債は、金利の低下局面で価格が上がるという通常の債券の効果は得られません。ただし、日本でそうした局面が訪れるのはかなり先になりそうなので、現状で個人向け国債の利用価値は高いと考えられます。