いま聞きたいQ&A

絶好調の日本の観光政策、方針転換の時期に?

2024年はインバウンド(訪日外国人)の客数、消費額ともに過去最高を更新する勢いにあり、まさしく絶好調の状態です。その一方、エンタメ関連の消費が伸びないことや、オーバーツーリズム(観光公害)の深刻化といった課題も見えてきました。今後は客数から消費の質と量に重点を置いた観光政策への方針転換も求められます。

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Q.日本が抱えるインバウンドの課題について教えてください。

日本政府観光局(JNTO)の発表によると、今年(24年)1月~6月の訪日外国人客数は1777万7200人で、同期としては過去最高を記録しました。観光庁がまとめた4月~6月の訪日外国人消費額は2兆1370億円と、こちらも四半期として過去最高額を更新しています。

年間を通じての過去最高は、客数が新型コロナウイルス禍前の19年に記録した約3188万人、消費額が23年に記録した約5兆3000億円でした。政府が今年7月に開いた観光立国推進閣僚会議において、岸田文雄首相は「24年は過去最高を大きく更新して3500万人、旅行消費額も8兆円が視野に入る勢いだ」と述べています。

政府は「骨太の方針」で30年にインバウンド6000万人、旅行消費額15兆円という目標を掲げていますが、現状の好調さが続けば、目標達成もあながち夢ではないと考えられます。しかし、当の観光業界では政府より数字を手堅く見積もるケースが多いのも実情です。理由として、訪日客数の増加が大幅な円安という追い風を受けていたことが挙げられます。

例えば今年1月~6月の訪日外国人客数を国・地域別に見ると、韓国、中国、台湾、米国の順に多くなっています。なかでも米国からの旅行客は134万人と、19年同期比で約1.5倍に増加しました。欧米からの旅行客は平均宿泊日数が多いため、1人当たりの旅行支出が相対的に高いという特徴があります。為替が今後、円高に振れた場合でも、欧米人を含む旅行客が継続的に訪日してくれるよう、魅力やサービスの向上に努めることが重要でしょう。

今年4月~6月の訪日外国人消費額を項目別に見てみると、各種体験ツアーや娯楽施設、スポーツ観戦の入場料といった「娯楽等サービス費」は全体の3%で、23年の5%から低下しています。外国人旅行者の消費額が世界1位の米国では、この項目が23年に13%を占めていました。すなわち訪日観光においてはエンターテインメント分野の弱さが目立つわけで、エンタメ関連の消費をいかに伸ばしていくかが課題のひとつと言えます。

観光地ではオーバーツーリズムが深刻化しており、インバウンドと地元住民の共存をいかに図っていくかも大きな課題です。訪日客の行き先は一部の地域に偏る傾向が強く、一見すると、それがオーバーツーリズムにつながっているように思えます。ところが実態はそれほど単純ではないようです。

今年4月における外国人の延べ宿泊者数(各日の全宿泊者を足し合わせた数)は、東京都や大阪府などの3大都市圏が1035万人となり、19年同月比で40.6%増加しました。一方で地方部は415万人と同5.9%増にとどまっており、都市部への偏重が加速していることが分かります。にもかかわらず、訪日客が多く訪れる東京都や大阪府ではオーバーツーリズムがそれほど大きな問題にはなっていません。

観光地における需給ギャップがオーバーツーリズムの主因

オーバーツーリズムという言葉が米国のメディアに初めて登場したのは2016年のことです。その2年後に国連世界観光機関(UNWTO)が同名の報告書をまとめて、世の中に広く認知されるようになりました。同報告書によると、都市や観光地には自然および生活・文化環境を壊さず、なおかつ旅行者の満足度も保てる「観光収容力」(キャリング・キャパシティー)の上限があります。

世界でいわゆる中間層が増え、旅行市場が急成長した結果、一部でその上限を超えたことがオーバーツーリズムにつながったというわけです。この考え方に基づくならば、オーバーツーリズムは旅行者数の多さよりも、むしろ観光地側の受け入れ態勢が整っていないことによる需給ギャップが主因ということになります。

今年に入って観光地の需給ギャップを象徴するような動きがいくつか見られます。山梨県は7月1日より、富士山の1日当たりの登山者数を4000人までに制限するとともに、登山者から通行料2000円を徴収する試みを始めました。過度な混雑を抑制し、訪日客に目立つマナー違反や軽率で危険な登山を防ぐ狙いがあります。

兵庫県姫路市の清元秀泰市長は6月中旬、世界遺産で国宝の姫路城の入場料について、外国人を30ドル、市民を5ドルにする「二重価格」の構想を披露しました。観光資源を維持するための財源確保が目的です。京都市の松井孝治市長も、市バスや地下鉄で観光客の運賃を市民に比べて高く設定する二重価格の導入を打ち出しています。これは2月の京都市長選時に公約として掲げた「市民優先価格」に沿ったもので、市民の足である公共交通のまひを避けるのが目的です。

人数制限や外国人からより多くのお金を徴収する取り組みは、観光地における需給バランスの調整に一定の効果をもたらすと思われますが、ここでひとつ考えておきたいことがあります。そもそも日本のインバウンド政策は、長きにわたって「初来日組」の誘致を軸に、訪日客数の増加を目指してきました。初来日組の多さは、訪日客が特定の地域に集中する要因のひとつでもあります。

今後はインバウンドの数から、消費の質と量に重点を置いた観光政策へと方針転換を図ることも大切でしょう。日本各地にはまだ海外に知られていない魅力が豊富に残されています。新たな観光資源の発掘や効果的な宣伝などを通じて旅行先の分散を進め、初来日組にもリピーターにも日本の良さをじっくりと味わってもらうことが、結果としてオーバーツーリズムの緩和にもつながるような気がします。

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