ESGは各国による変節やご都合主義を乗り越えられるか
米国ではESG(環境・社会・企業統治)を巡って国内の分断が進み、欧州ではESGの解釈に依然としてあいまいな部分が残ります。一方で日本政府が掲げる脱炭素社会への移行計画は、海外から疑念を持たれています。各国の事情や経緯を真摯に説明して世の中の信を問うという潔さが、今後のESGには求められてきそうです。
Q.世界でESGの評価が定まらないのはなぜですか?
世界各国の企業や投資家を巻き込んだESG重視の取り組みが、いま大きな岐路に立たされています。その象徴といえるのが、米国で進みつつある「ESGを巡る国内の分断」です。米国では、民主党が支持基盤を持つ州ではESG推進派、共和党が支持基盤を持つ州ではESG反対派と、ほぼ色分けされているのが現状です。
後者にあたるテキサス州やフロリダ州などを中心に、すでに約20州が「反ESG法」を制定しており、特定の金融機関を州政府資金や公的年金の運用から締め出すケースが相次いでいます。共和党支持者のような保守層にとって、ESGはリベラル層による社会正義の押し付けに映るなど、意に沿わない価値観という側面が大きいようです。
米ブラックロックは1500兆円を運用する世界最大の運用会社ですが、テキサス州では今年(2024年)3月に、同州の教育資金運用ファンドが委託する85億ドル(約1兆3300億円)の投資契約終了をブラックロックに通達しました。これはブラックロックによるESG重視の姿勢が、ファンドの収益を生み出す石油・ガス関連企業に多大な打撃を与えているという認識に基づくものです。
欧州は伝統的に世論の環境意識が高く、世界で最もESGの推進に積極的な地域といえます。23年10月~12月に世界のESGファンドがマイナス25億ドルと、四半期としては初の純資金流出だったのに対して、欧州では33億ドルの純資金流入となり、12四半期連続で流入超過を記録しました。
しかしながら、分野によって「厳格化」と「許容」に対応が分かれるなど、いまだにESGの解釈にはあいまいな部分が残ります。例えばフランス政府は今年3月、ESGファンドに対する国の認定基準を引き上げ、販売中の約1200ファンドに対して組入銘柄から石油・ガス関連企業を除外するよう求めました。
一方で、英国のスナク首相は4月にポーランドで行った演説において「防衛分野はESGの評価でプラス」との考えを表明しました。欧州では従来、武器などの製造を手がける防衛産業はESG投資の対象外でしたが、ロシアのウクライナ侵略が長期化するなか、民主主義や人権を守るために必要な手段として防衛産業への肯定的な見方が広まっています。
ユーロバロメーターが23年12月に発表したEU(欧州連合)の世論調査では、ウクライナへの武器の供給支援に賛成する人の割合が全体の60%に上りました。特にESGへの取り組みに熱心といわれるフィンランド(90%)やオランダ(85%)で賛成率が高くなっています。
そもそもESG投資は、目的をあくまでも「資産を増やすこと」と捉えるのか、目的に「より良い社会を目指すこと」も含めるのかによって、意見が大きく分かれるところでしょう。そこにいわば「他国の侵略から自国民を守る」という視点も加わったことで、ESGを巡る議論はますます複雑化した印象を受けます。
日本独自のESGに対して海外投資家は懐疑的
日本のESGについては「世界基準に達していない」など、市場関係者の間で厳しい声が多く聞かれます。欧米ではESGに関連した金融商品の呼称に対する基準が厳格化され、23年のESG債の発行額は米国が22年比で12%減、フランスも同2%減となりました。日本では同24%増と過去最高を記録しており、欧米に比べると定義の甘さが際立つ格好です。
日本政府は今年2月に、世界で初めてとなる「GX(グリーントランスフォーメーション)経済移行債」を発行しました。今後10年間で20兆円の発行を予定しており、それを呼び水に官民合わせて150兆円の脱炭素投資を引き出す計画です。23年度は水素を使った製鉄技術の開発などが支援対象に決まりました。
温暖化ガス排出量が多く、環境債(グリーンボンド)の発行基準を満たさない企業やプロジェクトにとって、この移行債は重要な資金調達手段となります。GX経済移行債はトランジション(脱炭素への移行)が必要な企業が多い日本ならではの取り組みといえますが、海外投資家の一部からは早くも懐疑的な声が上がっています。
資金使途としてESGの評価が分かれる原子力発電のほか、今後は石炭火力発電の低炭素化事業も含まれる見込みだからです。石炭やその他の化石燃料を段階的にでも廃止していく道筋が見えにくい、というのが海外投資家の指摘です。すなわちGX経済移行債の前提となる、日本政府の脱炭素社会への移行計画そのものが疑念を持たれているわけです。
ちなみに原発関連では、首をかしげたくなる出来事もありました。佐賀県玄海町が今年5月に、原発から出る高レベル放射性廃棄物(核のごみ)の最終処分場選定に向けた文献調査に手を挙げたのです。これは経済産業省が文献調査の実施を申し入れ、それを玄海町が受け入れた形になります。
政府は2017年に核のごみの処分地として適性を示した「科学的特性マップ」を公表しており、玄海町は地下に石炭の存在が確認されていることから、好ましくない地域に分類されていました。政府がマップを無視してでも適地探しを進める背景には、自治体が文献調査になかなか乗り出さないことへの焦りがうかがえます。この事例はESG投資に直接関係するわけではありませんが、環境・社会・国家統治の3要素がすべて含まれている点で、ESGの典型と言うこともできます。
世界各国がそれぞれの事情を抱えるなか、ESGが変節やご都合主義に傾きがちなのは致し方ないことかもしれません。しかし、だからこそ事の経緯を真摯に説明して世の中の信を問うという潔さが、今後のESGには求められるのではないでしょうか。