さまざまな予測データが示す日本の「生活基盤の危うさ」
地方でも都市部でも洪水などの災害リスクが上昇し、水道水や農産物の安定供給が維持できなくなる——。将来的に日本が現在より住みにくい国になってしまう可能性が、さまざまな予測データによって指摘されています。対症療法ではなく、国土利用や国民生活のあり方を根底からデザインし直す覚悟が必要なのかもしれません。
Q.日本は将来的に住みにくい国になってしまうのでしょうか?
民間有識者でつくる「人口戦略会議」は今年(2024年)4月に、日本全国の市区町村のうち4割超にあたる744自治体が「消滅する可能性がある」との報告書を発表しました。これらの自治体では、子どもを産む中心世代である20~39歳の女性人口が2020年から50年までの30年間で半減すると見込まれています。
東北では市町村全体の77%が消滅可能性自治体に挙げられ、地域別では割合が最も高くなったほか、和歌山県や高知県でも7割を超えています。一見するとこの報告は、地方の衰退に警鐘を鳴らしているように思えますが、実は都市部も例外ではありません。
今回の分析では、出生率が低く他地域からの人口流入に依存している25自治体が「ブラックホール型自治体」と位置付けられました。東京都の新宿区や中野区、世田谷区、さらには大阪市、京都市などが該当します。これらの自治体は消滅可能性があるとまでは言えないものの、自立して存続できる保証もないというわけです。
各自治体が存続できるかどうかにかかわらず、日本では将来的に人々の安全な暮らしが脅かされる可能性が高いというデータもあります。国土交通省によると、2015年の時点で洪水や土砂災害、大地震、津波などの災害リスクを抱えた地域に住む人の割合は全国で67.7%に上っていました。それが50年には70.5%まで上昇すると予想されています。
50年までに中山間地域などでは過疎化によって急速に人口が減る一方、都市部では沿岸などの災害リスクを抱えた地域へ人口集中が進むと考えられます。結果として災害リスク地域に住む人の割合が東京都では95.1%、大阪府では73.1%、愛知県では96.1%に達する見込みです。
日本は森林が多いため、居住可能な国土面積は33%と、同じ島国である英国(同85%)などに比べて狭いのが特徴です。そもそも代わりとなる安全な地域が少ないことから、大規模な集団移転を行うのも容易ではありません。防災もまちづくりの一環であるという視点を取り入れながら、いま住んでいる場所で水害時の拠点整備や耐震性向上など、それぞれの防災力を高めていくしかないのが実情といえます。
水道水や農産物の安定供給が維持できなくなる可能性も
水道水の安定的な供給が将来的に維持できなくなる可能性も指摘されています。日本水道協会によると、総延長が約74万キロメートルに及ぶ全国の水道管のうち、地方公営企業法で定めた40年という法定耐用年数を超えた割合は2020年度で20.6%に上っていました。これは10年前の約2.6倍に相当し、この間の平均上昇率を基に単純計算すると、50年度には老朽化率が59%まで高まります。
厚生労働省では今後30年で水道施設の更新に年1.8兆円がかかると試算していますが、こうしたコスト負担に加えて、水道管の維持管理を担う人手不足も深刻な問題です。前出の日本水道協会によれば、20年度における水道事業の職員数は約4万7300人と、ピーク時の1980年度から36%減少しました。老朽化で水道管の不具合が増えてもカバーしきれず、ところによっては断水が長期化する懸念もあります。
対策として一部の地域では、浄水場から集落まで水道管を経ずに車両で水を搬送する取り組みを始めました。スタートアップ企業を中心に、住宅で雨水などを浄化して使用する「水の自給自足システム」の開発も進められています。しかしながら、問題の抜本的な解決にはほど遠いというのが正直なところでしょう。水道施設の効率的な維持管理に向けて、今後は人々の生活圏をいかに集約していくかも焦点になると考えられます。
水と並んで危惧されるのが、農産物の供給です。三菱総合研究所は国内の農家数が2050年には17万7000戸になると推計しており、現状に比べて農業人口が81%も減ることになります。16~21年における収穫量の減少幅が今後もそのまま続くと仮定すると、50年までにホウレンソウやサクランボは国内生産がゼロとなり、ダイコンは半減、コメも約6割減となる見込みです。
農林水産省によると、自営の農業従事者の平均年齢は22年の時点で68.4歳となっており、全体の86%が65歳以上の高齢者によって占められています。日本はただでさえ食料の輸入依存度が高く、22年度の食料自給率はカロリーベースで38%にすぎません。政府は30年度に食料自給率を45%まで引き上げることを目標に、技術革新を通じた効率的な農業経営の推進などを掲げています。
専門家の間からは、日本には米国やオーストラリアのような広い農地が少ないため、農業の効率化は現実的ではないといった声も上がっています。例えば他の仕事をしながら農業にも携わる「半農」の形態を増やしたり、毎日大量に出ている食品の廃棄量を減らすなど、日本国民の生活様式を全体的に見直す必要もありそうです。
こうしてみる限り、将来的に安全で安定した生活の基盤が失われ、日本が現在より住みにくい国になってしまう確率は高いと言えるのかもしれません。しかし、それにしては政府の対応が場当たり的で、緊張感に欠けすぎているように思われます。何かというと補助金を付けたり、技術力で乗り切るといった掛け声ばかりが目立ちますが、そうした個別の対症療法では本来的な解決につながりません。
問われているのは、地方も都市部も含めた国全体の将来像です。国土利用や国民生活のあり方を根底から新たにデザインし直すぐらいの大胆さと覚悟が、政府にも私たち市民にも求められるのではないでしょうか。