「株価が低いことのデメリット」を意識し始めた日本企業
株主のために株価を上げる努力をするのは当然という認識が広まるなか、資本効率の改善へ向けて株主還元を強化する企業が増えています。一方で、投資家層の裾野を広げるためには個人が買いやすいレベルまで株価を下げる取り組みも必要です。株価を巡って日本企業にはいま多角的な対応が求められているといえます。
Q.株価が高いと企業にはどのようなメリットがあるのですか?
まず経済的な側面として、企業が増資によって資金調達を行うケースを考えてみましょう。増資の方法には、新たに発行した株式の購入を不特定多数の投資家に募る「公募増資」や、特定の第三者に有償で割り当てる「第三者割当増資」などがあります。既存株主の利益を損なわないようにするため、新規発行株式の購入価格や割当価格は、時価に近い水準に設定されるのが一般的です。
例えば100万株を新たに発行する場合、その時点の株価が2000円なら調達金額は20億円となり、株価が4000円なら40億円となります。当然のことながら、発行株式数が同じでも株価が高ければその分、多くの資金を調達することができます。
調達したい資金が最初から20億円と決まっている場合はどうでしょうか。その時点の株価が2000円なら新規発行株式数は100万株となりますが、株価が4000円なら50万株で済みます。
企業の増資にあたっては、発行済み株式数が増えることによってEPS(1株当たり当期純利益)の減少をもたらす、いわゆる「株式の希薄化」が問題視されがちです。株価が高ければ、新たに発行する株式数が少なくても調達目標額に届くので、株式が希薄化する度合いを小さく抑えることができます。
M&A(合併・買収)についても株価が高いことのメリットが考えられます。M&Aにおいては企業が自社株を対価として買収を行う「株式交換」のスキームが認められており、株価が高ければ実質的により多くの買収資金を用意できることになります。また、逆の視点で見ると、株価が高い企業はM&Aの標的になりにくいという効果も得られます。
株価が高いと企業イメージが向上し、人材募集や従業員の士気向上などに好影響を及ぼすといわれた時代もありました。しかし近年では、一般個人が企業を職場として評価するうえで株価水準はほとんどウエートを占めていません。そんななか、日本企業は従来以上に株主や投資家の評価を気にかけるようになっています。
ここ数年で、株主のために企業が株価を上げる努力をするのは当然であるという認識が広まりました。株主を軽視する企業には批判が集まるようになり、結果として資本効率の改善など株価を上げるための施策に取り組む企業が増えています。いわば日本企業の間で、「株価が低いことのデメリット」が強く意識されるようになったわけです。
個人投資家に対しては“株価を下げる”ための施策も重要に
日本企業の意識変革の背景には、外国人投資家の存在があります。現状で外国人投資家が日本株の売買代金に占める比率は6~7割に上り、投資主体別にみた日本株の保有比率は3割に達しています。外国人投資家は企業の資本効率を重視する傾向が強く、ROE(自己資本利益率)の高い銘柄などを選好しやすいのが特徴です。
アクティビスト(物言う株主)が株価上昇へ向けた具体的な提案を日本企業に迫る事例も目立っています。アクティビストはかつて、「短期的な視点で自らの利益だけを追求する株主」と見なされていましたが、最近はその提案に他の株主も納得できる内容が増えてきたと評価する声もあります。
日本国内では東京証券取引所が、2023年3月に、PBR(株価純資産倍率)1倍割れの企業に対して改善要請を出しました。一部の運用会社もPBR1倍割れの企業などに対して、株主総会で代表取締役の再任に反対することにより、株価を意識した経営を促す方針を発表しています。
こうした流れを受けて、日本企業の間では余剰資金を配当や自社株買いなどの株主還元へ充てる動きが広がりました。23年には配当と自社株買いの合計額が約28兆円に上っており、純利益の5割強が株主還元へ回された計算です。
なかでも自社株買いは約9兆6000億円と、2年連続で過去最高を記録しています。自社株買いを行った企業がその株式を消却して無効にすると、発行済み株式数が減るため、PBRやROEの改善につながります。一般に年1~2回、株主に現金を支払う配当に比べて、自社株買いは機動的に株主還元を実施できる点がメリットといえます。
実際に株主還元の拡充は多くの投資家から評価され、全体として日本企業の株価を押し上げる効果をもたらしました。一方で市場関係者からは、株主還元以外にも資金を振り向けるべきだとの声が多く聞かれます。今後は人材投資や事業戦略の見直しなども含めて、資本効率重視の姿勢をどれだけ持続的な業績向上へ結びつけられるかが問われてきます。
日本企業が株価を上げようと努力するのは主として機関投資家を意識したものですが、個人投資家に対しては逆に“株価を下げる”ための取り組みも重要になります。23年度には株式分割を発表した日本企業が191社と、前年度から6割増加しました。
株式分割は、すでに発行している1株を複数の株式に分ける施策です。企業が株式分割を行うと、企業価値や株価騰落率に変化は生じないものの、株式総数が増えた分だけ株価が安くなるため、投資金額が限られる個人でも株式を買いやすくなります。株主還元や好業績によって株価が上昇し、なおかつ株式分割で投資家層の裾野を広げるといった好循環が実現すれば、安定的な株高の支えになることが期待できます。
株価を上げることも下げることもメリットになるのは、いささか矛盾のようにも思えますが、企業が株主や投資家から支持されるためには、かように多角的な配慮が必要だということでしょう。